第30章 呆然と失墜
消毒液の匂いが、静かに漂う
蛍光灯の白い光の元で、椅子に腰かけた紅海は黙っている
視線は落ちて何を考えているのか…たまに、鼻をすする音がスンッとする
治療を終えた家入と送ってきた伊地知も静かに立っている
誰も、すぐには口を開かなかった
時計の秒針だけが進んでいる
紅海の中で、言葉にならない感情がゆっくり形を持ち始めていた
虎杖悠仁は生きていた…それ自体は、心から嬉しい
あの子が死んでなくてよかった
そして、七海も大事に至らなくて良かった
なのに…胸の奥に、引っかかるものが残っている
…どうして自分だけ知らされていなかった…
自分だけと言うのは世間は知っていた…と言う事ではない
いつもの同期、後輩の仲で自分が知らされていなかったから
信頼されていないから?
巻き込みたくなかった?
理由はいくらでも考えられる
でも…先に来るのは理屈ではなく、置いていかれた感覚
それを認めるのが、嫌だった
これ…私が子供っぽい?
こんな感情を抱くのは未熟なのか?
それとも――
「……怒ってる?」
紅海は首を縦にも横にも振らない
ただ、小さく息を吐いた
『……解んない…でも、虎杖くんが生きてて良かったって、本当に思ってるよ?』
そこまでは迷いなく言える
けれど次の言葉が出ない…
そこに虎杖を送っていった七海が帰ってきた
「遅くなりました…」
七海に視線が集まる…特に気にした様子もなく彼は紅海の正面に向かいしゃがんで目線を合わせる
「流鏑馬さん…最初に私のせいで、この様な気持ちにさせてしまい、申し訳ありません
あなたに知らせなかったのは、信頼していないからではありません」
紅海は、チラと七海を見る
「むしろ逆です、あなたは情で動く方だ…私は貴女のそう言うところも尊敬しますし好感を持ちます…
今回の件も、私は貴女のそう言う所を知っていて連絡して応援を要請しました」
七海は続ける
「ただ、虎杖君は元々“処分対象”でした…
何かあった場合、貴女は危険を承知で彼の事を助けるでしょうし
少なくとも私達は、それを良しとしません…
五条さんの判断理由がどうなのかは解りませんが…」