第29章 信頼と恋敵
湯気の立つ湯のみを両手で包み、紅海はふと思い出したように言った
『遊佐くんさ、最近、杖使ってないけど…もしかして、呪術師に戻るとか有るの?』
遊佐の手が一瞬止まる
それから、肩を竦めて笑った
「いや…そろそろ、足治ってんの隠すん面倒なってな」
軽い調子だが、その裏に長く続けてきた誤魔化しが滲む
「上の人に報告したら、こっぴどく叱られたんやけど…」
苦笑する
「まぁ、ボクどっちにしても優秀やから、好きな方選ばせてもろて、引き続き補助監督で登録させてもろたよ」
冗談めいた言い方に、紅海は静かに頷く
『そっか、術師に戻ってきて欲しかったけど…』
少しだけ残念そうに
けれどすぐ、柔らかく笑う
『たしかに遊佐くんのフォローは優秀だからなぁ…』
その言葉に、遊佐の視線が落ちる
――戻ってきて欲しかった術師として…
遊佐はゆっくり息を吐いた
「紅海ちゃん、ボクな…
前は、“守る側”に立つんが強いと思っとった」
術師だった頃
祓うこと、勝つこと、それが価値だった
「でも今は、ちゃうねん」
視線を上げ紅海を見る
「生きて帰らせる方が、ずっと難しい」
補助監督は戦わない
だが、誰よりも死を見送る位置にいる
だから選んだ
戦場ではなく、帰還の側を
「紅海ちゃんみたいなんが前に出るなら
ボクは後ろで段取り整えとる方が性に合っとる」
軽く笑って言った
本音を半分隠すように
紅海は少し考えてから、小さく頷いた。
『…うん』
理解というより、受け取った、という返事
店の外で、風鈴が鳴る
時間が静かに流れていた
店を出る直前…会計の伝票を取ったのは、自然な流れのように遊佐だった
迷いもなく財布を開く
「ほな、まとめて――」
その瞬間
『遊佐くん!ダメだよ、ココは割り勘で!』
横からすっと手が伸び、伝票を押さえる
遊佐が目を瞬かせた
「なに言うてんねん。せっかくコッチまで来たのに、ボクが奢らんでどーすんねん」
当然の理屈
年下の男は、男として譲れない、ここぞと言う場所でもある
だが紅海は一歩も引かない
『ダメです!』
わざとらしい敬語
けれど表情は真剣だった