第29章 信頼と恋敵
京都の町家を改装した甘味処
引き戸を開けた瞬間、外の熱気が嘘のように途切れる
畳の匂いと、冷えた空気
奥の席に案内され、二人は向かい合って座った
氷が入ったグラスが運ばれてくる
「紅海ちゃん、息抜きとかしてんの?」
遊佐は何気ない調子で聞いた
紅海はストローをくるくる回しながら笑う
『それ、生徒達にも言われた』
くすくす、と小さな笑い
『でも、働き詰めじゃないよ?誰かとご飯食べに行ったりしてるし…ほら、今日も遊佐くんとお茶してるでしょ?』
「そうやなぁ…」
遊佐は頷く
それが社交辞令ではないと分かる
――これも息抜きと思ってくれてるんやな
胸の奥が、わずかに温かくなる
自分が“休める相手”に含まれている
それだけで十分だった
少し間を置いて、遊佐は続ける
「そっち、五条さん以外にも、相談出来る人はおる?」
問い方は柔らかい
だが意図は明確だった
紅海は少し考える
『…ん~、そうだなぁ…』
視線が天井へ向く
『硝子とか七海とか…?』
名前を挙げる時、迷いがない
遊佐は小さく息を抜いた
「それならええんや…」
湯のみを持つ指先がわずかに緩む
「ボクが近くに居られへんから…安心したわ」
東京と京都
距離は想像以上に遠い
『ふふっ…ありがと』
紅海は素直に笑った
その表情に、嘘はない
少し沈黙が落ち
紅海が顔を上げる
『遊佐くんは、最近、忙しい?』
「いや、全然…いつも通り仕事して、いつも通り過ごして…いつも通りやな?」
淡々とした答え…変化のない日常だ
『なら良いんだけど…』
紅海は首を傾げる
『遊佐くんのプライベートって謎』
遊佐は、少しだけ困ったような顔で笑う…
「謎でええんよ…補助監督なんてな、目立たん方が仕事しやすいんや」
冗談めかして言う
『そーなの?でも、ちゃんと困った時とか頼ってね?私に出来ることなら協力するから』
遊佐は視線を紅海へ戻す
穏やかに…少しだけ真剣に
「紅海ちゃんこそ…変な事に巻き込まれやすいんやから、ちゃんと頼りや?」
紅海の湯のみから立つ湯気が、二人の間でゆっくり揺れていた