第27章 理由と利用
ランチを終えた店の前
歌姫の背中が角を曲がって消え、騒がしさだけが一緒に去っていく
京都校の生徒達と待ち合わせしているらしい
残ったのは――五条と紅海の二人
一瞬、妙に静かになる
紅海はショルダーの紐を握り直した
何か話さなきゃ…と頭では思うのに言葉が出てこない
久しぶりに、悟と並んで立っている
距離は近いはずなのに、どこか測りかねる空気
紅海は視線を落としたまま歩く
ランチ中の光景が思い返された
歌姫はいつも通り怒って、悟はいつも通り軽口を返していた
あれはもう、他人が入り込めない距離だ
長い時間の積み重ねで出来た関係
いいな……思考がふっと溢れる
歌姫先輩みたいに、誰も入れないような悟との関係…
――瞬間、自分で思考を切る
え、いやいや、何考えてるの私…
頭の中で強引に取り消す
ナシナシ!今のなし!
歩幅を整えるふりをして気持ちを誤魔化す
「紅海…」
呼ばれて顔を上げた瞬間
五条の指が顎に触れた
不意打ちだ
びくり、と肩が跳ねる
『っ……な、なに?』
近い…近すぎる!
白い指先がそっと顎の角度を変え、彼女の顔を観察する
「……うん」
小さく息を吐く
「宿儺の残穢、だいぶ薄くなったね」
『そうなの?……良かった』
本心から安堵した声だった
五条は少しだけ口元を緩めニコッと笑う
そして――わざと
「キスされると思った?」
『なっ……!』
顔が一気に熱くなる
『お、思わないよ!』
即答した声が裏返った
本当は、一瞬だけそう思った
だから恥ずかしくて否定が余計に不自然になる
五条はそれを見て、くすっと喉の奥で笑った
少しの沈黙の後
「僕さ……紅海避けてたの、知ってる?」
『……え』
胸の奥が小さく縮む
やっぱり…そうだったんだ
『悟に会わないなって……思ってた』
逃げずに視線を上げる
五条は目隠し越しに彼女を見た
「だね…他から聞いたよ、僕のこと心配してたんでしょ?」
『うん』
五条は少し視線を外す。
「でもさ…忙しいからじゃないんだ
…紅海に会いたくなかった」
『……』
紅海の胸がギュッと締まる
理由を聞くのが怖いのに、そのまま聞いてしまっている
「宿儺の残穢…見えるからさ
見るたび思い出すんだよね」