第4章 振りほどくことができなかった日
恨めしそうな視線を向けるもどこ吹く風。
「よぉー、アグレイスまだ生きてたのかー」
にたりと口の端をあげたレノに、腕を首に回され、ぐっと引き寄せられる。
負けじと押し返すが、びくともしない。
見知った顔が慌てて踵を返す姿が視界の端に映った。
助けを求める間もない出来事だった。
傍から見たら縋りついているようにしか見えない。
「ちょっと!」
抵抗も聞かず、レノは歩き出す。薄いショール越しに押し込まれた自分勝手な指先は、彼女に反論の余地を与えず導いていく。
高いヒールでは踏ん張りもきかず、連れ込まれたのは、客用の休憩室。
ノックもなく乱暴に扉を開けると、幸いにしてそこは無人だった。
レノはアグレイスをソファーに沈ませると、自分は座らず、行儀悪く背もたれに手をかけて見下ろした。
「そんなに酒が飲みたかったのか」
開放感に胸を撫で下ろす彼女の態度を不満と取ったのか、レノはぶっきらぼうに言った。
「お酒に罪はないわ。まだ入れたばかりだったのに」
弾ける泡を思い出し、思わず拳を握る。
横目で様子をうかがって、彼は首を振った。
「確かに入れたばかりだったな」
「でしょう。高いお酒なのに一口も付けないなんて冒涜だわ」
一瞬、きょとんとしたあと、レノが鼻で笑う。
「入れられたのは薬だ」
「えっ?」
「気付かなかったのか」
「……あの人、自動車部門の役員よ」
「おお、偉いな。ちゃんと覚えてんのか。それで」
アグレイスが不満げな顔を向ける。
「肩書で飲むもん選ぶのかよ」
吐き捨てるように言い捨てて、そっぽを向く。
「そんなこと」
弱く反論すると、振り向いたレノがあざ笑う。
「じゃあ、ああいうのも知っとけよ」
「どういうの?」