第11章 密事
小枯だけが訝しんで眉を顰めている。
「私の家族は皆時雨を使って商いをしている。私だけが特別な訳ではありません」
三十余年生きてきて、茅場が言うようなことを言われた覚えがない。今さら何の話だ。
「お前扱うものは家族の時雨とは桁が違うのだ」
茅場が括淡と告げた。
「桁…ですか」
全く納得していない様子で小枯は口を噤んだ。物言いたげだが、飲み込んでいる。話を妨げると思ったのだろう。
鬼鮫は繋ぎあった小枯の手を強く握った。
嫌な、嫌な催いを感じる。鬼鮫が薄々嗅ぎつけながら敢えて軽く流してきた核心が、鎌首を擡げている。
「いずれお前とは膝を突き合わせて話す必要がある。だがそれは今ではない」
それも含め、社に入って欲しいのだ。
小枯を覆うように気を張る気配を見せる鬼鮫を尻目に、茅場は小枯を考え深く眺めた後、南天に目を転じた。
「さて、南天」
「ーはい」
霜刃の隣、距離を置いた入り口近くに座っていた南天が消え入るような声で応える。
「上手く運ばなかったということだな」
「…致し方ありません。小枯にも…小枯の気持ちがあります」
膝の上で握りしめた手を震わせ、南天は茅場から目を逸らした。
見慣れない大男と手を繋ぎ合う小枯へ目を走らせる。
あれは、私と初枯だ。
私が自由になりたいように、小枯も自由になりたい。
だから、小枯は次善の策を持ち出した。
けれど。
南天は顔を俯けて瞠目した。
宮司に他の思惑があるのならば、小枯は参の社を出ることは叶わないかも知れない。
ー私は、出れたとしても。
南天は顔を上げた。
「…ですが、私は宮司の意思に添うものです」
私自身の為に。私と初枯の為に。
ごめんなさい小枯。でも私は行く。どうしても行く。初枯のところへ。
「人の意に添って成し遂げたことは崩れ易く脆い」
不意に霜刃が口を開いた。
「だから俺は企てを信じぬ。ただ選ぶ」
「……」
南天は口を開けて霜刃を見た。
霜刃に話しかけられたのはいつぶりか。
いや、初めて会ったとき以来ではないか。
十三の歳、豊年の舞を舞ったその同じ舞台で十歳の小枯が時雨で雨乞いして削れた、あの初夏の日。
霜刃は南天を見返しもせず、小枯へ目をやった。
「後悔だけはするな」
小枯がそれを見返して、目を眇める。霜刃はふっと笑って前を向いた。