第11章 密事
今から七十余年前。
茅場は神成の4代目当主になるべくして生まれた。代々経巡という山里の伐採を一身に引き受けて来た神成は、茅場の父の代から一族の利鞘を優先する家政を辿り始め、清廉潔白な祖父の薫陶を受けて育った茅場はこれに激しい嫌悪感を抱いた。
茅場の祖父は侍が統べる中立国、鉄の国の出だ。彼の国でいう所謂武者修行という旅路の途中で経巡に足を止め、祖母と出会って結ばれた。
だから茅場は祖父から侍の心得を教え聞かされて育った。男たるものどのように身を処し、何を一義に生きるべきか。
祖父は茅場が幼い内に亡くなり、後を追うように祖母も亡くなった。幼い茅場から見ても深く睦まじい夫婦だったから、黄泉路も連れ立って行かずにいられなかったのだろう。
茅場は人知れず目が溶けるかと思うほど泣いた。
いつか大好きな祖父と鉄の国に行くのが茅場の夢だったから。
7つの歳に孤独を知った茅場は以降その穴を埋めるように周りをよく見るようになった。
誰を信じ、誰に警戒すべきか。誰と睦み、誰を遠ざけるべきか。
そして自分が何をするべきか。
神成が里から搾取することを始めてからは、その"目"はますますよく見、よく動くようになった。
神成は拠点とする参の牟礼の社を抱き込んで、政教両面から里を侵食し、肥大していく。外交をして里を潤すようにみせてますます搾取の根を深く張り、里人はそれと気付かず貧しいまま参の牟礼を、社を、神成を"良きもの"として頭上に戴くようになってしまった。
茅場が出奔するような格好で鉄の国へ遊学に出たのはこの時期、14の歳のこと。
鉄の国で祖父所以の腕の立つ高官に師事し、彼の国で得た妻女と経巡へ戻ったのは20の歳。
神成の跡目を弟、夕照に譲り、参の社の仕丁になったのが25。年経て宮司に収まったときには茅場は40になっていた。
そこから十余年、時雨の一族に小枯が産まれた。
産まれ落ちてすぐ時雨をはね散らかし、泣いても笑っても無邪気に冷気を放つ小枯が。
「私の人生の命題が明確にふたつになったのは割合のんびりしたものでな。五十を過ぎてから視野を改めるのはなかなかに厳しいものだった。だからか、どちらもなかなか上手く話が進まず往生しながら藻掻いて今に至る」
座がしんとした。
それぞれが茅場の話を咀嚼しようと口を噤み、考え込んでいる。