第10章 参の社
霜刃は前を見たまま、答えた。
「小枯のいない在り方は、俺に無い」
ただ静かな、そのままの言葉。
鬼鮫は黙って格子窓を見た。
表は定かに見えない。しかしこの方角に小枯がいるであろう社が確かにある。
鬼鮫は小枯を連れて行く。
この男の静かに積み重ねた時間の流れから、小枯を引き上げて連れ去る。
罪でも咎でもない。
だがこれは長く深く残る杭。
鬼鮫にとって、そして恐らくは小枯にとっても。
…こういう男と付き合いが長くなるのは真っ平なんですがね。
鬼鮫は薄暗く、しかし沸き立つ思いで格子窓から目を逸らした。
それでも小枯との未来に思いを馳せずにいられない。
小枯は鬼鮫の傍に在るべきで、鬼鮫は小枯に干渉し得る存在であり続ける。その為なら何でもしよう。そう決めて今ここにいるものが、更に気持ちが固まった。
「ならばお前は小枯に殉じて里を守ることに専念出来るな」
茅場の問いに霜刃は薄く笑った。
左の肘から血が抜けているせいで、顔が白く唇も色がない。
手を下した鬼鮫が気に病むのもおかしな話だが、淡々と話を続ける神職ふたりが異様に見える。手当てをしないのか、と鬼鮫は眉を顰めて訝りながら霜刃の答えを待った。
小枯を里から出すと言ったこの男が、茅場の捩れた問いに何と答えるのか。
「小枯に殉じたとてそれが里を守ることになるとは限らぬ」
そうだろう。
鬼鮫は苦笑した。
霜刃は小枯を中心に世界を捉えてはいるが、判断を小枯に委ねて受動的に生きている訳ではない。己の頭で考えて先行きを選んでいる。
時雨を使う自分を里に託しながら、自分の足で立つことを止めようとしない小枯。傷付きながら三十余年里を選び続け、今また鬼鮫と山を下りることを自ら選んだ小枯。
同じだ。
ふたりが幼馴染として並んで生きてきた、その意味が、小枯と霜刃の資質に分かち難くある。
それがもどかしい程明瞭に伝わってきて、鬼鮫の頭がまた湧きかけた。
揺れる自分が猛烈に腹立たしい。
誰かと引き較べようとする自分が情けない。
無性に小枯の顔が見たくなって鬼鮫は拳を握り締めた。
あの猫柳が、温かく綻ぶ様を見れば、何があろうと動じずにいられる。
それもまた弱さであることは理解している。だがそれで何かが損なわれるものはない。
弱さを引き受けることで今までなかったものを得るからだ。
鬼鮫はそれを、初めて認めた。
