第16章 Drastic medicine(緑谷出久 ホークス)
僕は教師で、彼女は生徒で。
想いを伝える事は今は許されないような気がした。
だけど、本当は伝えたい。
その狭間で揺れて、すっかり黙り込んでしまった僕のジャケットを甘井さんがぎゅっと掴んだ。
甘い髪の匂いが、開いた窓から吹き込む風に乗ってきて鼻をくすぐった。
どうしても我慢できなくなってしまって、好きだと伝える代わりに華奢な身体を強く抱きしめた。
これじゃあもう、好きだと言っているようなものだと思う。
「先生……言ってくれないと、分かんない……」
「えっ」
「私の事、嫌いですか」
そう言って僕の顔を覗きこんだ甘井さんの目にはまだ涙が溜まっていて今にも零れ落ちそうだった。
もう、いいや。
僕はそう、思ってしまった。
その表情が、柔らかな身体の感触が、僕の心を甘く強く揺さぶった。
いっその事この仕事を捨ててもいいから、想いを伝えたいと思ってしまう位に。
「……好きだよ、甘井さん……」
今はまだ言ってはいけない事を、言ってしまった。
だけど、今言わないなんて無理だった。
言わずにこの手を離したら、きっともう一生彼女に触れる事なんて出来なくなる……そんな気がしたから。
「ずっと、好きだったんだ。最低でも、いいよ」
甘井さんの目から、また涙が零れた。
濡れた頬を親指で拭って、顔を両手で包んだ。
「……先生……」
僕を見つめる涙に濡れた瞳が、とても愛しく思えた。
もっと触れたいと、思った。
顔を彼女の口元にスッと近づけると、僕の口元を小さな手が覆った。
「……だめ」
……拒まれちゃった……
両想いになったからといって、今のは自分が調子に乗り過ぎたのかと心の中で反省した。
「ごめんなさい、先生……だけど、好きなの、私……」
「うん、分かったよ。……分かったから……」
きっと、初めてを大事にしたいんだろうな。
そう思った僕は、もう一度優しく彼女を抱きしめた。
それだけで十分幸せだと、そして関係なんてこれからゆっくり築いていったらいいと思いながら。
「あったかい、先生。私、これだけで幸せ」
そこから、僕達の清くて秘密の関係が始まった。
だけど、この時の僕は知らなかった。
彼女の身体はとっくに誰かのものだった、なんていうとんでもない事実を。