第16章 Drastic medicine(緑谷出久 ホークス)
そして、現在。
「緑谷、少しいいか」
職員室の自分のデスクで作業をしていると、相澤先生に声をかけられた。
「何か、ありましたか?」
「いや……甘井なんだが」
甘井。
この間の一件があってからその名前が出ただけで、僕の心臓はトクンと跳ねた。
「これ、見てくれ」
相澤先生は、僕に紙の束を寄越した。
その紙からちらりと見えた数式で、それが数学のテストの解答用紙であることがなんとなく分かった。
甘井さんは、数学の成績がとても悪い。
苦手な数学でついに0点でもとってしまったのかと不安な気持ちになりながら、相澤先生から紙の束を受け取ってそれに目を通す。
「……これって……」
一抹の不安をかき消すように解答用紙に並ぶ、赤い丸。
右端に視線を移すと、94と赤ペンで書かれていた。
「ここ数か月で、甘井の数学の成績が上がってる」
「そうですね……前はもっと……」
「褒めてやった方がいいんじゃないか?」
「へぁっ!?」
いきなりそんな事を言われて、ちょっと変な声が出てしまった。
いや、僕の担当教科じゃないし……
「担任の俺が褒めたっていいが緑谷、お前A組の副担任だろ」
そ、そう……だけど……
「頼んだぞ」
相澤先生は、どこか含んだような笑みを一瞬浮かべて自分のデスクに戻って行った。
いきなり押し付けられた、好きな女の子を褒めるという緊張しそうな予感しかしない仕事。
あ、でも……
よく考えればもしかしたら甘井さん、褒められて伸びるタイプかもしれないし!
それに、こんなに頑張ってるんだから褒めるのは当たり前か。
……よし……!
僕は、意を決して職員室を出た。
廊下を歩きながら、甘井さんがいそうな所はどこかと考える。
もしかして……
またあの木に登ってるなんて事、ないよな……?
思った事が現実にならないように祈りながら、僕はあの空き教室に向かって歩き出した。
校舎の隅の方の空き教室。
そこのドアをそっと開けると、甘井さんが机に腰掛けて外の景色を眺めていた。
木に登っていない事に安堵しながら「甘井さん」と声をかける。
「緑谷先生」
僕の声に反応した彼女がこちらを見て微笑んだ。
ああ。
やっぱり今日も、可愛いなぁ。