第3章 依依恋恋 三話
本当はわざわざ訊かずとも、顔を見れば分かる。だが、その嬉しそうに綻ぶ顔を見たくてつい問いを投げれば、華が綻ぶような笑顔を凪が浮かべ、男の目元が優しい色を灯した。嬉しそうに洋菓子を食べる彼女の姿を見ていたいのは山々だが、仕事中という意識が凪の片隅にある限り、それではさすがに気まずいだろう。光秀自身も一口、柔らかな洋菓子を食べてから皿を置くと何気なしに彼女へ問いかけた。
「此度の作には日ノ本の神話を根底の題材として用いる関係上、社の名が多く出て来る事になる。お前は出雲へは行った事はあるのか?」
「いえ、実は西日ノ本方面へは修学旅行くらいでしか行った事がなくて。行ってみたいなあとは思ってるんですけど、中々……」
「そうか」
その一言を聞き、光秀は何事か思案するように軽く口を噤(つぐ)む。バスクチーズケーキのふんわりしっとりとした食感と、濃厚なチーズの味わいを堪能していた凪が光秀のそれへ気付く訳もない。紅茶のカップへ口をつけた後、それをソーサーへ戻した光秀が何気なしに傍らにある原稿用紙へ視線を向ける。
「まとめたあらすじはそのまま持ち帰っても構わないが、どうする。文字起こしが必要ならば、後で光忠へ送らせるが」
「あ、先生が特にご不快でなければ、私が持ち帰ってデータに起こしますよ。というか先生の従兄弟の……光忠さんってやっぱり助手的な感じの方なんですね」
「ほう、何故そう思った?」
「だって文字起こしするって言ってましたし……」
乱世とは異なり、今は文字も絡繰りで書き起こす時代になったという事だ。光秀自身は前世からの名残で手書きの方が筆の進みが良いものの、場合によってはデータでの提出を求められる事もある。凪の疑問へ光秀が問いを投げ返せば、彼女は先刻の話の流れでそう汲み取ったのか、きょとんとした風に目を瞬かせていた。