第3章 依依恋恋 三話
バッグから端末を取り出し、何やらメモを取っているらしい彼女は、まるで己の事であるかの如く楽しそうだ。真剣なその表情へ口元を緩め、光秀がふと手つかずである洋菓子へ視線を向ける。仕事の打ち合わせ中、菓子へ手をつけるのが悪いとでも思っているのか、本来ならば早く食べたいであろうそれへ、凪が手を伸ばしやすくする為、光秀が頬杖をそっと解いた。
「凪」
「は、はい……!!?」
普通、仕事上での関係としては名字で呼ぶ事の方が正しいのだろうが。今更彼女を他人行儀に呼ぶ気は光秀には更々なく、当人に慣れてもらう方向性で押し進める事とした。案の定、突然名を呼ばれて驚いた様子の彼女は目を丸々と見開き、それを数度瞬かせている。戸惑いが色濃く窺える凪を前にして、そっと洋菓子が乗った皿とフォークを手にすれば、光秀が至極上品な所作でそれをさく、と一口大に切った。
「今後、共に良い話を作り上げて行く上で、互いに意見を忖度(そんたく)なく交換し合う事が肝要となる」
「あ、えっと、私もそう思います。……若輩の身で、生意気だって思われるかもしれないですけど……」
「それは違うな。俺の担当となったからには、お前は伸びしろがあると期待されている筈だ」
「だったら凄く嬉しいです」
フォークの先端で一口大に切った洋菓子を刺した。ゆったりとした口調で敢えて語る光秀に対し、最初こそ当惑の様を露わにしていた凪であったが、後半の言葉で嬉しそうな様のまま素直にはにかむ。その、彼女の気がほんのりと緩んだ隙を前にして、光秀が気付かれぬようすっと眸を眇めた。
「意見を言い合うにあたり、呼称を他人行儀にしていたままではいつまでも妙な気を回す事となる」
「た、確かにそうです………ね?」
「余計な隔たりは取り去って然(しか)るべきだ。お前もそうは思わないか?」
(まあ半分以上は単なるこじつけに過ぎないが)