第3章 依依恋恋 三話
「だからこそ、先生の作品でもっと身近に感じて欲しいんです!だって、お正月とか何かお願い事がある時とか、皆こぞって神社へお参りに行くじゃないですか。専門家みたいに詳しく……とまでは言いませんけど、せめて自分が手を合わせてる神様の名前とか、どんな逸話があるのか、とか簡単にでもいいからまずは知って欲しいなって」
カップへ一度口をつけた凪が、ソーサーへそれを戻して意気込んだ。上品な香りのするそれは恐らく上質なアールグレイで、舌に残る渋みも感じられないまろやかな飲み口が癖になりそうである。これならミルクをあまり入れなくても良かったかもしれない、と考える彼女を余所に、光秀が瞼を伏せて足をすらりと組み替えた。
「お前の目の前にいる男も、知識はあっても神仏を信じてはいないが、それはいいのか?」
「い、意地悪な質問ですね……!?信じてないのに何で詳しいのかなって疑問は正直ありますけど……無知だからこその罪ってあるじゃないですか」
光秀が神仏を信じていないとは初耳だが、妙に納得出来てしまうのは男のまとう雰囲気故か。信じていないが知識があるとは少々妙な感覚だが、教養の一環として考えればそう違和感もない。信じようと信じまいと、誰からも認知されず、知らぬ存ぜぬの扱いをされるよりはずっといい────凪が神仏の気持ちを代弁するのは実に烏滸(おこ)がましい事ではあるが、少なくともそう思う。
「なるほど、念頭に入れておくとしよう」
「何かちょっと含みのある言い方ですね?先生」
「まさか」
凪の言葉を否定する事なく、耳を傾けてくれていた光秀が相槌を打った。少し意地悪な気はほんのりと感じ取れるものの、光秀は実に聞き上手だ。所作もスマートで、気遣い上手でもある彼を前にしてしまえば、なるほど、確かに世の女性達が夢中になるのも理解出来る。喉を低く鳴らして笑う姿ひとつ取っても様になる相手へ眉尻を下げていると、相手が傍らへ置いていた原稿用紙を凪へ手渡した。