第3章 依依恋恋 三話
書斎机上にある水色桔梗の簪へ軽く振り返りつつ告げれば、光秀は微かに虚を衝かれた様子で眸をほんのりと瞠る。けれどもそれは一瞬の事であり、凪が違和感を覚える間もなく、いつもの微笑が唇へ刻まれた。
「そういう髪飾りは好みか?」
「はい!先生の作品にも色んな簪が出て来ますし、その影響もあって和の小物がすっかり好きになりました。これは水色桔梗の花ですよね?戦国武将の【明智光秀】が家紋に使ってたっていう」
光秀の作品には、必ずといっていい程に簪の類いが出て来る。それは時に陰謀のヒントに用いられたり、作中で男が女に贈ったりと用途は様々だが、どんな形でどんな色で、どんな風に飾られるのか────それが詳細に描写されているお陰で、脳裏へ思い描きやすいのだ。
いつしか似たような簪を求め歩くようになり、今では凪の自室に和小物専用のアクセサリーボックスが置かれる程である。だが、この水色桔梗の簪が作中へ登場した事は一度もない。歴史オタクの友人の影響で、自分が気に入りの武将の家紋くらいは覚えたらしい凪がその名を出すと、光秀の双眸がほんのりと切ない色を帯びて眇められる。
「……ああ、俺にとっても思い入れの深い花だ」
羽織の袖口へ両腕を入れて腕を組みながら、光秀が穏やかな声を発した。その声色は何処か柔らかく、深い憧憬(しょうけい)を感じさせる。その様子に一瞬目を奪われてしまった凪が、思わず相手を見つめた。けれど、かけるべき言葉を見つけられないでいる凪にはどうする事も出来ず、唇を噤む。そうしている間にも光秀は何事もなかった様子でソファーへ腰を下ろし、向かいの席を凪へ勧めた。
「さて、早速だが話を進めるとしよう」
「あ……はい、わざわざすみません」