第78章 離れゆく気持ち…
「大丈夫ですよ…もう戻ってきますよ。心配しすぎです。」
その囁きは、今の義勇にとって唯一の救いのように聞こえた。
自分の曖昧さが招いた結果だと自責の念に駆られ、心が空っぽになっていた義勇は、されるがままにしのぶの細い体を受け入れていた。
ふと、しのぶが顔を上げ、潤んだ瞳で義勇を見つめる。
「冨岡さん…」
その声の純粋で一途な愛が、義勇の理性を淡く溶かした。
彼が求めていたのは、誰かに必要とされるという確信だったのかもしれない。
どちらからともなく、吸い寄せられるように顔が近づく。
重なり合った唇は、驚くほど柔らかく、そして熱かった。
しのぶの指が義勇の隊服の袖を強く握りしめる。
義勇は、不思議と落ち着いている自分に気づいていた。
ゆきを失う恐怖で狂いそうだった心が、しのぶの体温と香りに包まれることで、麻痺したような安らぎを増やしていく。
それは愛なのか、それとも孤独を埋めるための代償なのか。
数秒だけ触れ合った後、二人の唇がゆっくりと離れた。
「…おやすみなさい、冨岡さん。また明日」
しのぶは、頬を微かに染め、どこか満足げな微笑を残して、静かにその場を去っていった。
彼女の後ろ姿を見送り、義勇は一人、重い手つきでふすまを開けた。
真っ暗な部屋の中、月明かりだけが畳を青白く照らしている。
だが、そこにはいるはずのない人影があった。
「えっ…?ゆき…」
名前を呼ぶ声が、喉の奥で震えた。
部屋の中で膝を抱えて座り込んでいたゆきが、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳は赤く腫れ、今しがた廊下で起きたすべてを…あの口づけすらも…見てしまったことを物語っていた。
「…おかえりなさい。義勇さん」
絞り出すような彼女の声が、静まり返った部屋に、あまりにも残酷に響いた。
「…私、しのぶさんとお部屋を替わったほうが、いいですよね?」
絞り出すようなその言葉には、義勇を責める気力さえ残っていない。
拒絶される前に自分から身を引こうとする、あまりにも悲しい気遣い。
俯いたまま、ゆきは義勇の答えを待った。
「替わってくれと言えばお前は悲しいか?」
「…えっ?」
な、なに?どういう事なの…
「俺と一緒に居たいか?」