第78章 離れゆく気持ち…
湯あたりから回復したゆきが、軽い足取りで義勇の部屋へと戻ると、開かれたふすまの先に信じられない光景が広がっていた。
月明かりの下、義勇の腕の中にいたのは、しのぶだった。
「冨岡さん…お願い、傍にいてください。行かないで…私は一途に貴方が好きです。」
しのぶの震える声に応えるように、義勇の手がゆっくりとその背に回されている。
かつて、義勇がゆきを諦めさせるためにしのぶと「付き合っている」と嘘をついたあの日。あの時の偽りが、今、目の前で本物になろうとしている…。
「あ…」
声にならない吐息が漏れるが、しのぶの涙と藤の花の香りに囚われた義勇は、影に立つゆきの気配にすら気づいていない。
義勇への愛情か、無一郎への淡い想いか、それとも先ほど助けてくれた不死川の無骨な優しさか。自分の心さえ定まらないまま、ただ「居場所」を失った絶望だけが胸を突き刺す。
「結局、私が曖昧だからじゃない…誰が好きかわからない…こんな私より一途に想ってくれる人の方に心が動くのは当たり前だよ…。」
視界が涙で歪み、ゆきは音を立てないようその場から走り去った。
甘く切ない夜は、誰を愛すべきか迷う心を引き裂くように、冷たく更けていく…。
一方、我に返った義勇は、ゆきが気になり、しのぶを振り切り不死川の宿へと急いだ。
付いてくると聞かないしのぶを伴って到着した宿に、ゆきの姿はなかった。
「あァ?何しに来やがった。あいつならとっくに戻ったぜ。一人でな」
不死川の冷ややかな言葉に、義勇の血の気が引く。
一人で戻ったという事実は、あの場面を見られた可能性を色濃く示していた。
今すぐ探しに行こうと焦る義勇の腕を、しのぶの細い指が制する。
「落ち着いてください。不死川さんの宿からここまで迷うことは無いでしょう…子供ではないのですよ?」
動けないまま立ち尽くす義勇の胸を、取り返しのつかない後悔だけが激しく突き刺していた。
しのぶと共に義勇は、取り敢えず宿に戻ってきた…。
部屋の前で、しのぶが義勇を静かに抱きしめた。
「大丈夫ですよ。戻ってきますよ」
義勇は、されるがままにしのぶに身体を委ねた。
不思議としのぶの香りに落ち着いている自分に義勇は気付いた。