第78章 離れゆく気持ち…
重苦しい沈黙が続く屋敷の部屋で、義勇はゆきの手の甲に丁寧に包帯を巻き終えた。
その手つきは、どこまでも過保護で、どこまでも切ない。
「…お館様から、休暇を頂いた。明日から二人で刀鍛冶の里へ行く。」
義勇が静かに告げる。柱合会議で、ゆきの手の甲の傷跡が深く、精神的な疲労も大きいことが懸念されたのだ。
刀の調整という名目だが、真の目的は、里にある特殊な温泉での療養だった。
「話を変えないでください」
「ならば話を戻す…お前は、俺が好きなのか?」
義勇の唐突な質問にゆきが、頭が真っ白になる。
「いきなり…なんで…そんな事…」
「この前…時透の屋敷でお前が酒に酔ってしまった日。お前は、俺を呼び捨てにして甘えてきた…。時透の腕の中に居ながらも、俺の名を呼び時透も困惑していた。お前は無意識だったのかもしれない。だが、俺の名を呼ぶその声は、隣にいる時透ではなく、俺だけを求めているように聞こえた。…それは、俺の身勝手な思い込みか?」
ゆきは息を呑む。
「私は…、あの…」
言葉が詰まる。好きだと言ってしまえば、今この瞬間、義勇にすべてを塗り替えられてしまう。そんな予感に体が震えた。私は、無意識で心の中で…もしかして、義勇さんを求めているの?
「すまない…答えなくていい。お前が混乱しているのは分かっている」
義勇はゆっくりと立ち上がると、視線を落としたまま、ゆきの頬にそっと手を添えた。
氷のように冷たいのに、触れられた場所から熱が広がっていく。
「温泉へ行く準備をしておけ。」
義勇は背を向けたまま、自分自身の心の乱れに戸惑っていた。
頭から離れないのは、無意識に自分の名を呼んだゆきの震える声。だが、ゆきの気持ちは正直わからない…誰を好きで想っているのか…時透なのか…俺なのか?もしくは…不死川なのか?
けれど、それと同じくらい、しのぶの存在が胸をざわつかせる。
何度突き放しても真っ直ぐに「好き」を伝えてくる彼女の強引なほどの熱情。
俺は、一体誰を求めているんだ…
守りたいと願う大切なゆきと、心の隙間に強引に踏み込んでくるしのぶ。
二人の想いに挟まれ、感情の整理がつかないまま、義勇の心はこれまでにないほど激しく揺れ動いていた。