第26章 約束
そういう加賀の声は少しだけ落ち着きを取り戻していた。
『雅』
「ん?何?」
『…待ってろ、…いいな?』
「分かった…」
そう言って最後に言葉を交わした雅は今日子にヘッドフォンを返すとぺこりと頭を下げた。
「…すみません…大事な時に…」
「私の方の言葉よ…ありがとう…真坂さん…」
「戻ります…」
そう言って雅はAOIZIPのピットから自身のいるべき場所に戻っていくのだった。
「もういいのか?」
「はい、すみません…」
「謝る事じゃない」
そう短い会話をすれば雅は再度スゴウのヘッドフォンを耳に当てた。
その頃、返してもらったヘッドフォンを今日子が耳に当てれば、加賀に声をかける。
「加賀君…」
『…たく…どいつもこいつも…好きかって言いやがって…』
「…加賀、君…?」
『…・・ッッ…負けるわけにはいかねぇんだよ』
ぽつりとつぶやいた加賀。それ以降無線に加賀からの声が入ることも無く、また今日子から何かを言う事もなかった。
残りブースト回数は残り1回となるハヤトと加賀。その1回も使い切り、もうあと2つのコーナーで最後のストレートに入るという時だ。
『おーーーっと!ここで風見が頭少し出た!』
誰もがハヤトの勝利を確信した時だ。
「…嘘だろ…?」
「そんな事…」
スゴウとAOIの両方のピットはざわついた。最終コーナー立ち上がりのタイミングで加賀の凰呀がブーストで駆け抜けたのだ。
「…ッッ」
その事もあって、ウィナーはAOIの加賀に決まった。同時に今季のチャンピオンも加賀に決まる。その差は2位のハヤトとたった4点だった。
チェッカーを受けたドライバーもそれぞれ各ピットに戻ってくる。
「…お疲れ様、ハヤト」
「あぁ、少し疲れたかな」
そう言ってメットをあすかに渡しながらもやり切った感じの笑みを向けたハヤトだった。加賀もまた凰呀から降りて今日子の元に向かっていった。
「…あんたが珍しいな…緊張する時に他の所にすがるなんてよ」
「…加賀君…」
「でも、とりあえずはブリード加賀としての約束は守ったぜ?」
そう言いフッと笑った加賀を見て今日子は涙を隠すのに必死だった。
そんな光景を見ていたアンリは小さくため息を吐いて雅の背中を押し出した。