• テキストサイズ

【呪術廻戦/五条悟R18】── 花冠の傍らで ──

第3章 「咲きて散る、時の花 前編」


***



「――戻ってこい!!」


(……誰か、呼んでる?)


背後で、誰かが叫んでいる。
鼓膜を震わせるよりも、もっと深く、心の奥を叩くような、そんな声。


(五条さん?)


ぼやけた意識のなかで、その名前が浮かんだ。
でも、足はもう波に沈みかけていた。


海の向こうに、あの歪んだ顔が浮かぶ。
笑っているように見えた。
まるで、私を受け入れるみたいに――。



『アノ男ニハ、分カラヌ……』

『後悔ヲ……悔イ……ナゼ願ッテハイケナイノカ……』



濁った声が泡のように水面から響く。
それはもう“声”ではなかった。
“感覚”として、心の奥底に直接流れ込んでくる。



『人ノ悲シミニ……触レ、飲マレ……同化シテイク……』



目を伏せた瞬間、心の中で凍りついた記憶が軋んだ。
あの日から目を逸らしてきた。
両親の死も、自分が生き残ったことも。
全部、ずっと見ないふりをしてきた。


気づけば――
身体はもう、肩まで海に沈んでいた。
ゆっくりと時屍獣が近づいてくる。



『我ト……オ前ハ、似テイル……』



ぞわりと背中を這う“同類”の言葉。
その一言だけが、鋭く、深く、心を裂いた。


(私と似てる……?)


五条さんの声が、まだ遠くで響いている。
波がすぐそばで揺れた。


時屍獣が、まるで迎え入れるように身をかがめる。
その首が、ぬるりとこちらへ伸びてきた。
もう、すぐそこ。
息が触れそうな距離。
海の匂いと、腐臭と、生温い鼓動の気配が混ざり合う。



『縛リヲ結ベ……花ノ少女ヨ……』



耳元で囁かれたその声は、まるで心の鍵をこじ開けてくるみたいだった。


私は目を閉じたまま、ゆっくりと手に握っていたものを確かめた。
冷たく濡れて、それでも確かにそこにある。
かじかんだ指先に静かに力を込める。


そして、深く、静かに息を吸い、







「私は――」

/ 194ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp