【呪術廻戦/五条悟R18】── 花冠の傍らで ──
第3章 「咲きて散る、時の花 前編」
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「――戻ってこい!!」
(……誰か、呼んでる?)
背後で、誰かが叫んでいる。
鼓膜を震わせるよりも、もっと深く、心の奥を叩くような、そんな声。
(五条さん?)
ぼやけた意識のなかで、その名前が浮かんだ。
でも、足はもう波に沈みかけていた。
海の向こうに、あの歪んだ顔が浮かぶ。
笑っているように見えた。
まるで、私を受け入れるみたいに――。
『アノ男ニハ、分カラヌ……』
『後悔ヲ……悔イ……ナゼ願ッテハイケナイノカ……』
濁った声が泡のように水面から響く。
それはもう“声”ではなかった。
“感覚”として、心の奥底に直接流れ込んでくる。
『人ノ悲シミニ……触レ、飲マレ……同化シテイク……』
目を伏せた瞬間、心の中で凍りついた記憶が軋んだ。
あの日から目を逸らしてきた。
両親の死も、自分が生き残ったことも。
全部、ずっと見ないふりをしてきた。
気づけば――
身体はもう、肩まで海に沈んでいた。
ゆっくりと時屍獣が近づいてくる。
『我ト……オ前ハ、似テイル……』
ぞわりと背中を這う“同類”の言葉。
その一言だけが、鋭く、深く、心を裂いた。
(私と似てる……?)
五条さんの声が、まだ遠くで響いている。
波がすぐそばで揺れた。
時屍獣が、まるで迎え入れるように身をかがめる。
その首が、ぬるりとこちらへ伸びてきた。
もう、すぐそこ。
息が触れそうな距離。
海の匂いと、腐臭と、生温い鼓動の気配が混ざり合う。
『縛リヲ結ベ……花ノ少女ヨ……』
耳元で囁かれたその声は、まるで心の鍵をこじ開けてくるみたいだった。
私は目を閉じたまま、ゆっくりと手に握っていたものを確かめた。
冷たく濡れて、それでも確かにそこにある。
かじかんだ指先に静かに力を込める。
そして、深く、静かに息を吸い、
「私は――」