第31章 再有馬
それは突然起こった。
あと1秒で決着がつく――オルフェーヴルとキトウホマレの一騎討ちを見守るスタンドの、耳が割れるような熱狂の中。ふいにホマレの脚がふらついたのだ。
そのまま進路を外れるように2、3歩進んだところで崩れ落ちるように転倒した。
実況も観客席も一瞬声を失う。
そのとき聞こえたのは、12人のウマ娘がゴール板の前を駆け抜ける轟音だけだった。
オルフェーヴルが最初に突っ切り、最後尾のウマ娘が通り過ぎるまでの2秒間、神座は芝に伏したホマレを見つめていた。
受け身を取ることもなく倒れ、起き上がる様子もない。
痛みに悶えるでも転倒に混乱するでもなく、完全に脱力した状態を維持している。
意識を失っているようだ。
最後のウマ娘がゴール板を抜けた瞬間、神座は迷いなくスタンドの柵を乗り越え芝の上に降りる。
係員が制止の声を上げるよりも早く、一直線にホマレの元へ駆け寄った。
「ホマレ、キトウホマレ。大丈夫ですか、聞こえますか?」
芝に膝をつき、肩を軽く叩きながら神座がホマレに呼びかける。
「……反応なし」
神座はホマレを仰向けにしながら周辺を確認した。
走り終え減速を終えたウマ娘たちは誘導され退場口へ向かう最中で、常駐の救護スタッフの姿もまだ遠くにある。
周囲の安全は確保されている。
せいぜい侵入を防ぐ役割の係員が戸惑いながら近付いてきているくらいだった。
「…………」
脈は触れず、呼吸も止まっている。心停止の可能性が非常に高い。
神座は即座に判断し、仰向けに寝かせたホマレの胸の中央に自身の両手を重ね合わせて圧迫を始めた。
体をまっすぐに保ち、肘を伸ばしたまま、真上から力を加える。
一定のリズムで体重を正確に乗せながら押し込むたび、鈍い音とともに小柄な体が沈む。
胸の厚みの3分の1ほど――その深さを意識しながら圧迫を繰り返す。
焦らず、しかし間を置かず。止まった心臓の代わりに、血中の酸素を全身に巡らせ続ける。
ふと神座の手の下で、ホマレの胸が僅かに反応した。
押し返すような微かな抵抗。