第31章 再有馬
蹄鉄が芝を叩くたびに、空気が爆ぜるような音が背後から伝わってくる。
中山の短く急勾配な坂を減速せずに駆け上がりながらホマレとオルフェーヴルは1人、また1人と抜いていく。
鋭く速度を上げていくオルフェーヴルに負けじとホマレは脚を繰り出して、ほぼ横並びの状態で先頭に立った。
『(追い抜かれてたまるか……こんなところで終わってたまるか!!)』
身体の限界は近かった。
胸の奥で脈が暴れている。鼓動はいつになく早い。
肺が焼け、血が泡立つように熱い。
もうほとんど激しい拍動に合わせて体が勝手に動いている。
その一歩ごとに全身から何かが擦り切れていく感覚があった。
痛い。苦しい。
でも神座トレーナーがこの瞬間を見ている。
そう思うだけで、焼けるような痛みが生きている証拠のように思えた。
『(もっと……もっと速く……!)』
冷たい空気を引き裂くように腕を振る。
全身を巡る血が熱を帯び、喉の奥から金属の味が広がる。
酸素が足りない。呼吸が間に合わない。
もう走れる状況じゃないのに、脚が止まらない。
まるで体が自分のものじゃなくなっていくみたいだ。
熱と痛みが一つになって、視界の縁が白く滲んでいく。
『(……?)』
ふいに、周囲の景色の全てがひどく離れた気がした。
風も音もなく、スタンドの喧騒も後ろのウマ娘たちも、オルフェーヴルでさえ自分より一歩分あとに居た。
速い。今この瞬間、私が一番前にいる。
感じられるのは心臓の鼓動と蹄鉄が芝を踏みしめる感触だけ。
ゆっくりと流れるような時間の中、ホマレはすぐそこに迫ったゴール板と、視界の端に映る黒い影に意識を向ける。
『(トレーナー……私、頑張ったよ!)』
一瞬、赤い瞳と目が合う。
その顔はどうにも、動揺しているように見えた気がした。