第31章 再有馬
『(今年最後のレース……頑張って走ろう)』
緊張している。
全身の毛が逆立ち、筋肉が短く震えた。
少しでも気を鎮めようと、ホマレは自身の胸元にあるスカーフリングを掴む。
『(昨日トレーナーに言われた約束も破らなきゃいけない。でも……いいや。後でたっぷり叱ってもらおう)』
13回目の金属音が鳴ったところでホマレは留め具から手を離し、スタートの構えを取る。
ゲートが開くその瞬間を待つ、一瞬の静寂。
『(イチかバチか……やってやる!)』
ガシャン、と音を立てゲートが開いた。
ウマ娘たちが一斉に飛び出していく。
第3コーナーの入り口に向かう流れでバ群は横並びから縦に伸びていった。
ホマレは後ろから2番目の位置につき、自分の右前を走るオルフェーヴルの背中を認めた。
中団のすぐ後ろについて、内で脚を溜めている。
それを見ながら最初のコーナーを曲がってスタンド前へ。
坂を上りながら、ホマレは少しスタンドの方に目を向けた。
『(神座トレーナー、ちゃんと見ててね)』
居場所はわかっている。
けれど集中するために注視はせず、気配だけに留めた。
バ群はターフビジョンの前を駆け抜け第1コーナーへ進む。
遠心力に振られて外に膨らまないよう気を付けながらコーナーを曲がり、向こう正面へ。
緩やかな長い坂を、スピードを乗せすぎないよう抑えめで下る。
先行勢の走りはそれなりで、やや締まったペースを刻んでいた。
ふいに内ラチ沿いを駆け下りていく黄金の影が、わずかに視界を掠める。
現在オルフェーヴルは中団の辺りにいた。
無駄のない脚さばき。どの瞬間も均整が取れている。
『(これが三冠ウマ娘の走り……)』
オルフェーヴルは中団に控えているだけのはずなのに、まるでレース全体の流れが彼女の呼吸に合わせて進んでいるかのようだ。
オルフェーヴルが動き出す気配をこの場の全員が窺っているらしい。
自分より前の状況を眺めながら、ホマレは息を入れ直す。
第3コーナーがすぐ目前に迫っていた。