第29章 燃焼
10月の終わり頃。曇り空の下、東京レース場の芝が鈍い光を返す。
冷たい空気を切りながら、18名のウマ娘が向こう正面の芝を駆けていく。
2000mの天皇賞。追い込みが不利になりやすいコースということで、キトウホマレは今回も序盤から中団をキープしていた。
長い下り坂に入る地点、ホマレは惰性でスピードを乗せすぎないように気を付けながら気持ち外目にポジションを移していく。
第3コーナーを左回りに進み、バ群全体のスピードがじわじわと上がるのがわかった。
鼓動がそれに合わせて段々と速くなる。
『(このまま中団で、焦らず……落ち着いて……)』
呼吸と歩幅を揃え、脚の筋肉を節約するように力を抜いた。
滑るように芝を掴みながらコーナーを曲がっていく。
先行勢が早くも仕掛け始め、バ群の列が縦に長くなっていく。
『(まだ。まだ行っちゃダメ。ここで焦ると坂で止まる……)』
それでも、前の背中が近づいては遠ざかるたび、胸の奥がざわついた。
やがてコーナーの出口に差しかかり、遠くのスタンドが視界に入る。
上り坂が目前に迫っていた。
『(……ここだ!)』
溜めていた脚を解放するように飛び出し、ホマレは中団勢と共に坂へと踏み込む。
詰まる前と動き出した後方に挟まり、全体が密集するなか坂を上る。
足の裏で体を押し上げるように駆け上がって進んでいく。
ロスは少なく、まだ脚も残っているけれど周りのウマ娘たちの気迫に圧されて焦りそうになる。
『(さすがはGⅠ。限界そうな子がまだいない)』
ホマレも去年の有馬よりは余裕を持って走れているものの重賞レースの緊張感がラストスパートを前に、より一層張り詰めたものになっていた。
もうすぐ坂が終わる。最後の平坦な直線で一気に展開が動き出すだろう。
残り200mを示すハロン棒が実際の距離よりも遠くに感じた。
『(……そろそろ試してみよう)』
視界の端に映るスタンドに、神座の存在を意識する。
有象無象に紛れ、自分を育てたトレーナーが見てくれている。
たった1人の視線を思い浮かべ、ホマレは坂を上りきったその脚を大きく踏み込んだ。
『(今こそ……あのときの衝動を力に!)』