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ラストラインを越えて

第29章 燃焼


坂を登り切った脚が、弾むように地を噛んだ。
ホマレはその反発を逃さず、前へ身体を投げ出す。
その瞬間、心臓が強く跳ねた。
それが脚の衝撃によるものなのか、感情によるものなのかは分からない。
周りの音が遠ざかり、心音と呼吸だけが鮮明に聞こえる。
心拍と芝を叩く蹄鉄のリズムが重なり、鼓動が高鳴るそのたびに景色が伸びていく。
風の圧が明らかに変わった。
目の前に見える景色が、まるで静止しているかのように見える。
『(行ける……! このまま抜ける!)』
脚を繰り出すたび、何かが燃焼されていく。
自分を前に押し出すものの正体は分からないけれど、胸の奥を焦がすような違和感と耳の先から尻尾の先までに強く感じる拍動が妙に心地良い。
『(もっと走りたい……もっと、ずっと速く……!)』
快楽を追うように力の限り手足を振り、段々とリズムが崩れていく。
フォームはもはや滅茶苦茶だった。
でも、それでいい。
『(止まるな、止まるな……!)』
身体が壊れそうなほど伸びきった脚が、芝を荒々しく叩く。
荒れたフォームのまま、それでも速度が上がる。
無理やり前に出す脚がもはや投げ出すような動きに変わっている。
しかし確実に、今までで一番"走っている"という実感に包まれていた。
『(届け……ッ!)』
喉は焼けるように熱く、心臓は破裂しそうなほど早い。
ふいに、視界の端でゴール板が流れる。
勝負が終わったことと理解するのと同時に、5人の背中が目の前で減速していくのが見えた。
『(なんだ……掲示板には載れると思ったんだけど)』
残念な気持ちはありつつ、けれど改善の余地も感じたので良しとする。
達成感と共に息を吐きながら、ホマレも失速していった。
呼吸を整え、心拍数を下げながら退場口へ向かう。
『(なんか変な感じ。苦しかったのにすごく気分よく走れた)』
自分の勝負服のスカーフを持ち上げて見つめながら進んでいく。
『(やっぱり、私の支えはこれなんだ)』
神座の瞳の色と同じ朱色のスカーフと、独特な虹彩の形を象った留め具。
私の走りを見ていて、と願ったあの日の気持ちは今も変わっていない。
神座は指導だけじゃなく、その存在でも自分に力をくれる。
私はもっと速くなれる。
『はは……全然治まらないや』
きゅう、と痛む胸を抑えながらホマレは控え室に続く通路へと入っていった。









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