第29章 「善意の逆理 Ⅱ**」
「……っ」
その仕草だけは、のものに見えた。
キスのあと、甘えるように僕の首に腕を回してくる時の手つき。
の手が僕の背中からするりと離れて、ベッド脇のテーブルへ伸びて。
彼女はそこに置いてあったボールペンを掴み、迷いなく僕の喉元へ突き立てようとした。
その手首を寸前で掴む。
「こっちは今、といいところなんだから」
折れそうなほど細い手首に力を込めると、その手からボールペンがカツンと床に落ちる。
「邪魔しないでよ――――悠蓮」
その名を呼ぶと、の顔で悠蓮が妖艶に笑った。
唇の端だけをゆっくり吊り上げる。
『……覚えていたのか』
「そりゃあね。僕のご先祖さまが、ずいぶんお世話になったみたいだから」
『ふふ……あの男の血は、まだ残っていたか』
「昔話はいいよ」
同じ顔なのに。
同じ声なのに。
僕の知らない女が僕を見ている。
それだけで、どうしようもなく気分が悪い。
「それより」
押さえつけた手首に、さらに力を込めた。
悠蓮の笑みが、わずかに歪む。
「返せ。を僕に返せ」
『返す?』
悠蓮が冷たく目を細める。
『相変わらず、その眼は何も見えていないのだな』
「へえ。の口で、僕に喧嘩売るんだ」
『あの子は、もう運命を受け入れた』
「運命?」
どいつもこいつも。
因果だの運命だの、僕は信じてないんだよ。
「僕と幸せに暮らす運命、とか?」
『愚かな男だ。お前にあの子は救えない』
「……もういい」
の声で。
の唇で。
それ以上、僕に喋るな。
「黙れよ」
言い終えるより先に、僕はその唇を塞いだ。
悠蓮が抵抗するが、手首をベッドに縫い付ける。
とキスしているはずなのに、そこにいるのはじゃない。
あ……これ、浮気にならないよね。