第29章 「善意の逆理 Ⅱ**」
「……」
さっきまで須和先輩に向いていた殺気が、徐々に薄まっていく。
五条はベッドへ駆け寄ると、熱に浮かされる彼女の身体を抱き起こした。
背中に腕を回し、自分の胸元へ引き寄せる。
壊れ物を扱うように。
それでも、もう二度と離さないとでも言うように。
五条は、彼女を深く抱きしめていた。
「硝子」
を抱きしめたまま、五条が顔だけをこちらに向けた。
蒼い瞳が、私を射抜く。
「二人にして」
有無を言わせない、絶対的な圧力。
「聞こえなかった?」
が苦しげに身をよじると、 五条がその背中をゆっくりと撫でた。
「出てけって言ってんの」
今の五条に、これ以上何を言っても無駄だろう。
私は、深く息を吐いた。
「……わかった」
床に座り込んでいる須和先輩の腕を掴む。
「先輩、行きましょう」
須和先輩が、よろけながら立ち上がる。
先輩を無理やり立たせて、扉へと向かった。
後ろから、シーツが微かに擦れる音がした。
「大丈夫。もう僕がいるから。……僕の声だけ、聞いてて」
聞いたことのない声だった。
甘くて、切実で。
まるで、を必死にこちら側へ繋ぎ止めようとしているような。
私は振り返ることなく、医務室の扉を閉めた。
その向こうに、五条とだけが残される。
(……頼んだよ、五条。惚れた女も守れなくて、何が最強だ)
使われないままのアンプルだけが、私の手の中に残った。