第29章 「善意の逆理 Ⅱ**」
開け放たれた扉の向こう、そこに立っていた。
目隠しを外した五条が。
剥き出しになった六眼は、ベッドの上の二人を氷みたいに見下ろしていた。
「五条――」
私が呼び止めるより早く、五条はもうベッドのそばに立っていた。
「……っ、がっ!?」
五条の拳が、須和先輩の頬を殴り抜いていた。
先輩の身体がよろめき、ベッド脇の棚に肩をぶつける。
薬品の瓶がかたかたと揺れた。
先輩は、苦悶の声を漏らして床に崩れ落ちる。
「五条……っ!?」
私の声なんて、こいつの耳には届いていない。
五条は床に倒れた須和先輩の胸ぐらを片手で掴み上げた。
「……何してんの、お前」
地を這うような、低い声。
空気がびりびりと震えて、呪力が立ち込めている。
「やめろ、五条! 落ち着け!」
私は慌てて駆け寄り、五条の腕を強く掴んだ。
岩みたいに固くて、まったくびくともしない。
「離して、硝子」
「先輩は悪くない! これは、が錯乱して――」
「だから何?」
五条の六眼が、ギリッと私を睨みつけた。
(……本当に、こいつは)
五条悟という人間が、どれだけ規格外なのかは知っている。
呪術師としての強さも。
まともな人間の尺度では測れないところも。
それでも、ここまで露骨に理性を飛ばすところは、そう何度も見たことがない。
のことになると、この男は――。
「……せん、せ……」
かすれた声が、ベッドの方から落ちた。
私の声にも、須和先輩の声にも、まったく反応しなかったのに。
「……っ」
五条の手が止まる。
須和先輩の胸ぐらを掴んでいた手が、パッと離された。
ドサッと音をたてて先輩が床に落ちたが、五条はもう視界に入っていないようだった。