第29章 「善意の逆理 Ⅱ**」
コンコンと控えめなノックの後、ゆっくりと扉が開く。
「家入」
廊下の明かりを背にして、須和先輩が入ってきた。
「……先輩。どうしてここに」
「ちょうど高専に報告に来ていてね。……それで、さんが運ばれたと聞いて」
須和先輩の視線が、ベッドで丸くなるへと注がれる。
「……っ、ぁ……」
の苦しげな吐息が、部屋に落ちる。
何も見えず、何も聞こえていないはずの彼女が、近づいた須和先輩の気配に反応するように身をよじった。
先輩の顔が、さっと青ざめていく。
あまりにも痛々しいの姿に、完全に言葉を失っていた。
「……どうして、こんなことに」
私はの乱れたシーツを掛け直しながら、小さく息を吐き捨てた。
「術式で五感を無理やりいじられたと聞いています。それに、薬も使われた形跡がある」
「……」
「ただ、私が理解できないのはここからです。術式そのものは、もう完全に解けているはずなんですが……後遺症なのか何なのか。正直、手の打ちようがない状態です」
先輩の表情がさらに険しくなり、強く拳を握りしめる。
「……私のせいだ。私があの時、無理をしないでと彼女にもっと強く言っておけば……」
違う。
先輩が……いや五条がそう言ったっては一人で踏み込んでいただろう。
「先輩のせいじゃないですよ」
「だが……」
「は呪術師です」
私は先輩の言葉を遮るように、はっきりと言った。
「自分の危険も顧みず、たった一人でも生徒を助けに向かったんです」
誰のせいでもない。
これはが自分で選んで、最後まで諦めなかった結果だ。
「……っ、あ……ぁ、ぁっ……!!」
突然、が大きく身を反らせた。
焦点の合わない目が見開かれる。
浅い呼吸が、途切れ途切れにこぼれていた。
「さん!」