第28章 「善意の逆理 Ⅰ**」
「あ、がっ……離せ、このッ!」
細井が悲鳴を上げて、私を突き飛ばすように身体を引き剥がした。
口の中に、生温かい鉄の味がドッと広がっていく。
(……先生のところに帰るって、決めたもん)
身体がどれだけ勝手に反応しても。
心まで、この男に壊されてたまるか。
「こいつ……っ!」
口元を血で染めた細井が、激昂して手を振り上げる。
「……っ!」
頬に強い衝撃が走った瞬間、身体ごと床へ叩きつけられた。
肩に走った痛みが、術式のせいで一気に膨れ上がる。
もう何が痛いのかもわからない。
「……いいだろう。痛みも快楽も、限界まで引き上げてやる」
白衣で血の滲んだ口元を拭いながら、細井が私を見下ろした。
その手が腰元へ伸びる。
(え……)
細井が、ズボンのベルトを外していた。
バックルが緩み、革の擦れる音がする。
その音だけで、次に何をされるのか理解してしまった。
怖い。
嫌だ。
気持ち悪い。
こんなの、絶対にいやだ。
そう思った瞬間、頭の中に浮かんだのは、先生の顔だった。
さっきまで交わしていた、くだらなくて温かいメッセージ。
私をからかう、あの意地悪な声。
何でもないみたいに笑って、でも本当は誰よりも私を見てくれる人。
今すぐ、抱きしめてほしい。
この人じゃない。
私に触れられるのは、先生だけ。
先生だけなの。
細井の手が、私のパジャマのズボンに伸びる。
「――助けてッ、だれかッ!!」
「くそっ、黙れ」
叫びきるより早く、細井が手で私の口を塞いだ。
「ん、む……っ!」
頭はくらくらして、身体も思うように動かない。
それでも。
それでも、最後まで諦めない。
必死に身体を捩った、その時。
扉の向こうで何かが激しくぶつかる音がした。