第28章 「善意の逆理 Ⅰ**」
「つまり今のお前は、身体に入ってくる感覚が全部、私の都合のいい形に変わっている」
細井は自慢げに、手の中の空になった小瓶を揺らした。
「最近、面白いルートからこの『薬』を手に入れてね。私の術式と組み合わせれば、最高に効率よく感覚を支配できることに気づいたんだ」
面白いルート。
あの「Re:bloom」と、関係があるんだろうか。
聞きたいことも、問い詰めたいこともある。
けれど、頭がうまく働かない。
「子供の頃は、この術式をコントロールすることが難しくてね。だから……ずいぶん試したよ」
細井先生は、懐かしい思い出でも語るみたいに目を細めた。
「私を馬鹿にした同級生。見下してきた教師。私に意見した大人たち」
「最初は、痛みで十分だと思っていた。小さな刺激を、耐えがたい苦痛へ変える。それだけで人間は簡単に崩れる」
「だが、大人になって気づいたんだ。本当に人間が壊れるのはね」
にんまりと、細井の口元が歪む。
「心と身体の反応が、噛み合わなくなった時だ」
……なに、それ。
嫌な予感が膨らんでいく。
「私に盾突いた、あの女教師。陰で私の悪口を叩いていた女子生徒たち……本当に傑作だったよ」
女教師。
女子生徒たち。
その言葉で、任務の前に先生が言っていた話が頭をよぎった。
『最近、生徒が複数人倒れて病院送りになってるらしいんだよね』
病院送りになった生徒たち。
原因不明の体調不良。
まさか。
まさか、それも。
この男が――。
「何を……した、の?」
「わからないか。人間が最も無防備に、最も惨めに壊れるのは……理性を手放し、本能のまま『快感』に溺れる時だとね」
その言葉の意味を理解する前に。
細井のひやりとした指が、私の首筋の肌をそっと撫でた。
「ひ、あっ……!」
弾かれたように、大きく身体が跳ねた。
(な、に、これ……っ)
ただ撫でられただけなのに、全身を駆け巡る強烈な感覚。