第28章 「善意の逆理 Ⅰ**」
「なにを、飲ませたの……っ? あなたが、他の二人を……」
続きを言おうとしたのに、声が出なかった。
(……なに、これ……?)
細井先生が、空になった小瓶をコンクリートの床へ放る。
カラン、カラカラ……。
転がる音が、薄暗い倉庫の中でやけに大きく反響した。
ただそれだけで、耳の奥を直接引っかかれたみたいに痛い。
それに、視界も輪郭が滲んで、細井先生が近いのか遠いのかもわからない。
手首に食い込むロープの感触も、皮膚の上で一本一本の繊維が擦れているみたいに感じる。
「くっ……ぅあ……っ」
感覚の全部がうるさい。
普段なら気にも留めない刺激が、何倍にも膨れ上がって押し寄せてくる。
胃の奥が嫌なふうにせり上がって、喉元まで吐き気が込み上げた。
そんな私を見下ろして、細井先生は薄く笑う。
「私の術式は、生物が外界から受け取る刺激を増幅し、変質させるんだ」
細井先生は、離れたところにいるのに。
声が耳の奥に直接流し込まれているみたいだ。
「小さな痛みを、大きな痛みに変える。冷たさを熱さに変える。小さな音を、雷みたいに聞かせたりね」
「生き物が外から受け取るものを、私の好きな形に作り替える。そう考えればいい」
細井先生は、白衣のポケットに手を入れた。
取り出したのは、小さな銀色のハサミ。
「たとえば、こうだ」
細井先生がしゃがみ込み、私の足首を乱暴に掴んだ。
「や……っ」
ハサミの刃先が、足首の内側に触れる。
そのまま、皮膚の上をすっと横に引かれた。
赤い線がぷつりと浮かんだ、その瞬間――。
「っ、あああっ……!」
焼けるような痛みが、足首から全身へ弾けた。
まるで脚ごと引き裂かれたみたいに痛い。
「実際の傷は、たったこれだけだ」
足首に浮かんだ細い赤い線が見える。
表面を薄く掠めただけの、小さな切り傷なのに。
「でも、お前の身体は今、それを耐えがたい苦痛として受け取っている」
これが、細井先生の術式。
私の身体に起きている、異常の正体。