第28章 「善意の逆理 Ⅰ**」
「……きゃあっ!」
扉の向こうから、切羽詰まったような悲鳴が響いた。
(今の……!)
間違いない。
あの女の子の声だ。
もし、中で誰かに襲われているなら。
もし、今この瞬間に何かされているなら。
彼女に何かが起きてからでは遅い。
スマホをポケットに押し込み、私は足を踏み出した。
少しだけ開いた扉の隙間から、中を覗き込む。
中は薄暗くて、よく見えない。
さっきの女の子の姿は見えなかった。
物音もしない。
(あれ……? 今、確かに声が聞こえたよね?)
おかしい。
そう思って、もう一歩奥へ踏み込もうとした瞬間――
ドンッ!!
「……っ!」
突然、背中を思いきり突き飛ばされた。
バランスを崩し、冷たい床に激しく倒れ込む。
痛みに耐えながら、慌てて振り返ろうとしたが。
首のあたりに、硬い何かが押し当てられた。
(え……っ)
バチッ、バチバチッ!
耳元で嫌な音が弾けて、全身を強烈な痺れが突き抜けた。
「あ、う……っ」
スタンガンだ。
そう気づいた時には、もう身体に力が入らなかった。
視界がぐにゃりと歪んで、意識が深い闇に引きずり込まれそうになる。
(だめ、意識が……)
朦朧とする意識の中で、靴音が二つ近づいてきた。
「……これで、いいのよね?」
震える、聞き覚えのある声。
さっき扉の向こうから聞こえた悲鳴と、同じ声。
それは、私が助けようとしていた、あの女の子の声だった。
(え……?)
なんで。
どうして、彼女が……。
「ああ。指示通りだ」
冷たい男の声が聞こえた。
革靴のつま先が、ぼやけた視界の端に映る。
その人影がゆっくりとしゃがみ込み、私の顔を覗き込んだ。
薄暗い中でも、見間違えるはずがない。
細井先生だった。
(罠、だったんだ……)
バチッ。
もう一度、嫌な音が耳元で弾ける。
視界が黒く塗りつぶされて、そこで私の意識は完全に途切れた。