第28章 「善意の逆理 Ⅰ**」
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私は女子寮の裏口にある薄暗い非常階段の影で、苛立ちながら壁に寄りかかっていた。
(……遅いわね)
スマホの画面を確認する。
真澄との待ち合わせ時間を、もう十分以上も過ぎている。
(まさか、見回りの教師に見つかった?)
それとも、やっぱり怖くなったのかもしれない。
まぁ、来ないなら来ないで、私一人で準備室に乗り込むだけのこと。
見切りをつけて歩き出そうとした、その時。
「ごめん、野薔薇ちゃんっ! 遅くなった……」
暗がりから、真澄が小走りで駆け寄ってきた。
「遅い。あんた、怖気付いてドタキャンしたかと思ったわよ」
真澄は息を切らしながら両手を合わせる。
「ごめん。途中、寮母さんの見回りがあって……やり過ごすのに時間がかかっちゃって」
「本当に、行くのね? 今ならまだ引き返してもいいのよ」
「行くよ。私も、ちゃんと知りたいから」
その目は、暗闇の中でも少しも揺れていなかった。
「……わかった。案内して」
夜の特別棟は、昼間とはまるで違う顔をしていた。
磨かれた廊下に、私たちの足音だけがやけに大きく響く。
「……こっち。この角を曲がれば、カメラの死角に入るから」
前を歩く真澄が、声を潜めて手招きをする。
私は壁に背中を預けながら、ぐるりと辺りを見回した。
「見事なもんね。あんたも、彼氏に会いに行ってたの?」
「そんなとこかな」
「今夜は案内役、頼りにしてるわよ」
真澄はこくりと頷くと、すぐに表情を引き締めた。
足音を忍ばせながら、私たちは薄暗い廊下を進んだ。
やがて真澄が、一つの扉の前で足を止める。
「野薔薇ちゃん、ここ」
目の前には、『化学室』と書かれた古いプレート。
当然だけど、ドアにはしっかりと鍵がかかっている。
「ちょっと下がってなさい」
私はドアノブに手をかけると、手のひらにじわりと呪力を込めた。
金属の噛み合う部分に呪力を流し込み、内側のロックを無理やり弾き飛ばす。
真澄が「わぁ……」と目を見張るのを横目に、私はドアを細く開けて中を覗いた。
人の気配はない。
暗い化学室を抜けて、さらに奥にある『化学準備室』のドアへ向かう。
こちらは運良く、鍵はかかっていなかった。