第28章 「善意の逆理 Ⅰ**」
「がっ、げほっ……!!」
突然、首のあたりを掻きむしるようにして激しく咳き込み始めた。
「えっ……!? どうしたの!?」
前のめりになる彼女の肩を支える。
「大丈夫? 苦しいの? 誰か呼んで――」
その時、ドアの向こうで、かすかに床板が軋む音が聞こえた気がした。
(っ、まさか……!)
勢いよくドアを開け、廊下へ飛び出す。
「……誰も、いない」
みんな自室待機しているのか、他の生徒の姿は見当たらなかった。
廊下には、静寂だけが広がっている。
でも、間違いない。
(やっぱり、次はこの子を狙っているんだ……っ)
急いで彼女のもとへ引き返す。
背中をさすろうとしたが、彼女はゴホゴホと咳き込みながら、私の手を強く払いのけた。
「……大丈夫、だからっ」
呼吸を荒げながら、彼女は自分の胸元をぎゅっと押さえている。
そして、もう片方の手で自分のスマホの画面を見つめていた。
画面の光が、彼女の青ざめた顔を照らしている。
何を、見ているんだろう。
「でも、すごく苦しそうだし……保健の先生を呼ぶ?」
「いい! 呼ばないで……っ」
彼女はスマホを隠すように伏せると、顔を背けた。
さっきまで心を開きかけてくれていたのに、また厚い壁ができてしまったみたいだ。
「さっき、何か言いかけて……」
「あれは……っ」
女の子が、早口で私の言葉を遮る。
「友達があんなことになって……気が動転してただけ。深い意味はないわ。だから、もう忘れてっ」
これ以上は何も話さない。
そんな強い拒絶が、彼女の震える背中から伝わってきた。
「……わかった」
それ以上は踏み込めなかった。
払いのけられた手を、行き場のないまま引っ込める。
部屋の中は、彼女の荒い呼吸だけが響いていた。