第28章 「善意の逆理 Ⅰ**」
「高専にはこれから報告するつもりだったんだけど……」
須和さんの表情が少し険しくなる。
「前に預かった、あの白い花のサンプル。僕のラボで調べてみたんだ」
「何か、わかったんですか?」
須和さんは、周りに誰もいないことを確かめるように廊下を見渡した。
「……あれは通常の植物のように、水や土から養分を摂る構造をしていなかった」
「え……?」
「宿主の血管網に、直接根を張り巡らせていた。そこから血液を吸い上げるようにして、成長している。まるで、花という形をとった――悪質な寄生生物だよ」
須和さんの静かな声が、冷たい廊下にひどく不気味に響いた。
(血を吸って、育つ……?)
ぞわっと、腕の産毛が逆立った。
頭の奥で、あの悠蓮の記憶で見た真っ赤なアネモネがちらついた。
血から咲く花。
命を糧にして開く花。
きれいなはずのものが、急に別の顔を持ったみたいで、足元が少し冷える。
それに、今回亡くなった女の子。
どれほどの痛みの中で、自分の身体を乗っ取られていったんだろう。
想像しただけで、指先からすーっと体温が奪われていく気がした。
「……さん。それと――」
「――――――須和先生!」
廊下の奥から、事務員さんらしき女性が小走りで近づいて声をかけてきた。
「ここにいらっしゃったんですか。学長がお待ちです」
須和さんはその女性へ軽く手を挙げると、もう一度私に向き直った。
「ごめん、行かないと」
「あ……はい」
「さん、無理だけはしないでね。いいね」
そう言って、身を翻して事務員さんと廊下の奥へと歩き出していった。
須和さんの背中が、角を曲がって見えなくなるまで見送る。
(……何を言いかけたんだろ?)
“それと”。
その続きを聞けなかったことが、妙に引っかかる。
でも、今は一人で考えている場合じゃない。
野薔薇ちゃんに連絡しなきゃ。
あっちでも、何か動きがあったかもしれない。
ポケットからスマホを取り出した。
メッセージアプリを開いて、手早く文字を打ち込む。
『野薔薇ちゃん、今から会える? こっちで少し、わかったことがあるんだけど』
送信ボタンを押し、スマホをポケットにしまい直して。
急いで自分の教室へと戻った。