第28章 「善意の逆理 Ⅰ**」
「打ち合わせ前に確認しておきたくて。ちょうど彼女が近くにいたものですから、つい頼んでしまいました」
その言い方があまりにも自然で、私まで一瞬、本当にそんな用事だったような気がしてしまう。
須和さんは準備室の奥に積まれた箱へ視線を向け、一つの段ボールを指差した。
「たぶん、あれですね」
細井先生は箱の伝票を確認してから、中を開けた。
そこには、透明なケースに収められた小さな標本のようなものだった。
「ああ。それです、それです」
須和さんは細井先生から箱を受け取ると、私の方へ視線を戻した。
「さん、行こうか」
その声で、ようやく足が動いた。
私はノートの束を抱え直し、細井先生に頭を下げる。
「し、失礼しました……」
逃げるように、須和さんと化学室を後にした。
♢
廊下に出た途端、張り詰めていたものがぷつりと切れたみたいに、全身から力が抜ける。
「……大丈夫?」
隣を歩いていた須和さんが、少し心配そうに声をかけてくれた。
「あ……はい。大丈夫、です」
そう答えたけど、声が少し震えていた。
須和さんはそれに気づいたのか、まだ心配そうにこっちをみている。
私は呼吸を整えて、須和さんに深く頭を下げた。
「さっきは、本当にありがとうございました」
「いやいや、頭上げて。勝手なこと言って、悪かったね」
「と、とんでもないです! すっごく助かりました」
ブンブンと勢いよく首を横に振る。
(須和さんが来てくれなかったら、どうなってたか……)
あのまま二人になっていたらと考えたら、背筋が冷たくなった。
あの先生、なんだか不気味だった。
掴まれていた手首には、まだじわじわと嫌な痛みが残っている。
私はそこをそっと押さえながら、もう一度、須和さんを見た。
……でも、そういえば――
「須和さんはどうしてここに……?」
私が尋ねると、須和さんは細井先生から受け取った箱を軽く持ち上げて見せた。