第28章 「善意の逆理 Ⅰ**」
「だが、どうして薬品棚をのぞいていた?」
「……え?」
「ノートなら、薬品棚を探す必要はないだろ。この部屋で、本当は何を探していた?」
「いや、私はただ……」
細井先生は私の腕を掴んだまま、空いている手を準備室の扉へ伸ばした。
ギィ、と古い蝶番が軋む。
(……え?)
一瞬、何をするつもりなのかわからなかった。
けれど、ゆっくりと扉が動くのを見て、ようやく気づく。
閉めようとしている。
(なんで……?)
ただでさえ腕を掴まれているのに。
そのうえ扉まで閉められたら。
理由なんて、うまく考えられない。
でも、この人と二人きりになっちゃいけない気がする。
「ま、待ってください……っ」
掴まれた腕を振り払っても、びくともしない。
逃げられない。
やだ。怖い。嫌だ。
叫びたくても恐怖で声が出ない。
(せんせぇ……たすけて)
思わず、心の中で呼んでしまった。
こんな時、いつも助けに来てくれる人の名前を。
扉があと少しで閉まりかけた――その時だった。
「――細井先生。自分が彼女に頼んだんです」
ドアの隙間から、聞き覚えのある声が響いた。
細井先生の動きが、ピタリと止まる。
腕を掴む力がわずかに緩んだ隙に、私は手を振り払った。
閉まりかけていたドアが、外側から押し戻される。
開いた隙間の向こうに、人影が立っていた。
見上げた先にあった顔を見て、ようやく声が出る。
「…………須和、さん……?」
(え、なんで……どうしてここに?)
須和さんは一度だけ私をちらりと見ると、細井先生へと向き直った。
「次の特別講演で使うサンプルを、こちらに送らせていただいていたんです。届いているか、彼女に確認してもらっていました」
特別講演?
サンプル?
頭の中にハテナが浮かぶ。
でも、須和さんが助けようとしてくれているのだけはわかった。
余計なことを言わないように、ぎゅっと唇を結ぶ。
細井先生は、須和さんと私を交互にじっと見比べた。
「……そうでしたか。直接、私に仰っていただければよかったのに」
「いやぁ、すみません」