第28章 「善意の逆理 Ⅰ**」
「そこで、何をしている」
「っ……!」
棚に伸ばしていた手が、びくっと止まる。
振り返ると、白衣を着た男性が立っていた。
細枠の眼鏡の奥から、冷たい目が私を見下ろしている。
「ここは、生徒は立ち入り禁止だ」
「すみません、知らなくて……っ」
白衣の先生は薬品棚の前で固まっている私を、じっと値踏みするように眺めた。
「……見ない顔だな。名前とクラスを言いなさい」
「い、一年C組の、です……っ」
ノートを取りに来たって、言わなきゃ。
なのに、焦れば焦るほど声が上手く出ない。
「あの、私……委員長に頼まれて、実験ノートを取りに来たんですが……見当たらなくて。そ、それで、準備室の方にあるのかと思って……」
嘘は言っていない。
でも、その先生の視線はまだ私から外れなかった。
眼鏡の奥の冷たい目が、私の顔を探るように見ている。
この人が、委員長の言っていた細井先生かな……?
白衣を着ているし、化学準備室に入ってくるってことはそうだよね。
「ああ。最近転入してきたという生徒か」
そう言って、細井先生は近くの作業台の上に積まれていたノートの束を指差す。
「ノートなら、ここだ。持っていきなさい」
「……ありがとうございます」
私は足早に作業台に近づいて、ノートの束を抱え込んだ。
「失礼しました……っ」
そそくさと頭を下げて、準備室の出口へと向かう。
背中に、細井先生の冷たい視線がずっと張り付いているのがわかる。
それに、この甘い匂いも、さっきよりずっと気持ち悪い。
(早く、ここから出たい)
その一心でドアノブに手を伸ばした、その瞬間――
「……っ!?」
強く、右腕を掴まれた。
大人の男の人の、痛いくらいの力。
すぐ後ろに細井先生が立っていた。
さっきよりもずっと近い距離に、反射的に身体が強ばる。