第28章 「善意の逆理 Ⅰ**」
「失礼します。細井先生、いらっしゃいますか?」
コンコンと化学室のドアをノックするが、返事はない。
引き戸を開けて中を覗き込むけれど、室内には誰もいなかった。
中に入り、教卓や生徒用の実験机を見て回る。
でも、頼まれていたノートらしきものは、どこにも見当たらない。
視線を巡らせると、教室の奥にある準備室のドアがかすかに開いているのに気がついた。
(あっちかな……)
準備室の中を覗き込むと、薄暗くて中はよく見えない。
それに、化学室とは少し違う匂いがした。
薬品や消毒液のツンとした匂い以外に、甘い匂いが混じっている。
……何の匂いだろ?
気にはなるけど、まずはノートを探さなきゃ。
足元に気をつけながら、机の上や棚を見て回る。
その時、つま先が床に置かれていた何かに引っかかった。
「……っ、わ、わわ……!」
踏ん張ろうとしたけれど、足がもつれる。
近くの机に手を伸ばしても届かなくて、そのまま床に転んでしまった。
床にぶつけた膝と手のひらが、じんじんする。
慌てて体を起こしながら、周りを見回した。
(こんなところ、誰かに見られてたら恥ずかしすぎる……)
制服のスカートを直しながら、そろそろと顔を上げると。
(……何……これ)
部屋の奥に、大量の段ボール箱が積まれていた。
天井に届きそうなくらい高く、乱雑に。
え、これって……。
伊地知さんが言ってたよね。
『Re:bloom』の小包も、学校宛に配達されていたって。
(もしかして、この部屋に……)
そう思った瞬間、ノートのことなんて忘れていた。
段ボールの山の中から、いくつか箱を開けてみる。
けれど、中に入っていたのは実験器具ばかりだった。
(早とちりだったかな……)
そう思いかけた時、また甘い匂いが鼻先をかすめた。
さっきより、濃い。
匂いにつられるように、部屋のさらに奥へ足を進める。
一歩近づくたびに、甘い匂いが肌にまとわりついてくるみたいだった。
(この匂い、なんか頭ぼーっとする)
ふらつきそうになるのをこらえて、匂いの強い方へ視線を向ける。
一番奥に、古びた薬品棚があった。
その棚の取っ手に手をかけた、その時――