第21章 「可惜夜に眠る 前編」
お母さんの手。
さっき髪を結んでくれた、あのあったかい手。
お父さんの笑った顔。
「お姫さま」って言ってくれた、あの優しい声。
それが全部、消えていく。
私は、二人に向かって駆けだした。
「……おとう、さ……おかあ、さん……!」
どこにも行かないで。
私、まだここにいるの。
(やだ、やだ)
(待って……行かないで……)
まだ、いっしょにいたい。
また、ぎゅってしてほしい。
思いっきり手を伸ばした。
でも、指が空を切る。
つかめない。
そこにいるのに、触れられない。
その瞬間。
すぐ隣で、誰かの声がした。
『――お前のせいだ』
「――っ」
目を開けると、天井だった。
木造の、見慣れた寮の天井。
時計の針の音だけが小さく響いてる。
喉が少し痛い。
泣いたあとの、変な乾き。
横を向くと、まくらが少しだけ濡れていた。
頬に手をやると、冷たい感触が残っている。
(……夢、か)
そう思ったのに。
まだ、あの玄関の匂いがする気がした。
扉が開いた瞬間の、ひんやりした冬の空気。
それから――
髪を結んでくれたお母さんの手。
おんぶしてくれたお父さんの背中。
……どこにもないはずなのに。
でも、身体が勝手に探してしまう。
ゆっくり起き上がって、ベッドに座った。
足の裏が床に触れた瞬間、ひやっとして現実が戻ってくる。
(お父さんとお母さんの夢……久しぶりに見たかも……)
部屋着の袖で目元を拭って、枕元のスマホを手に取った。
9:18
(……もう、こんな時間)
少し寝過ぎちゃった。
……寝過ぎたって言葉は、なんだか変だ。
昨日の私は、寝たんだろうか。
眠れたんだろうか。
通知を確認すると、メッセージが数件。
野薔薇ちゃんに、伊地知さん。
あとは、ネットショップからの広告。
でも、先生からのメッセージはなかった。
(……当たり前か)