第18章 「血と花の話をしましょう**」
「……あの……」
自分の声が震えているのがわかった。
奥さんがゆっくり顔を上げる。
赤く滲んだ目が、まっすぐこっちを向いていた。
「私たち……ご主人を傷つけたいわけじゃないんです。ほんとに……そうじゃなくて」
言葉がうまく出てこない。
でも、彼女に理解して欲しかった。
「このまま……終わらせちゃったら……」
「知らない人たちが、“旦那さんが危ないことをしてた”とか……
“奥さんが何かしたんじゃないか”とか……何も知らないのに、勝手に決めつけて。怖がったり、疑ったり……」
「……そんなの、あんまりだって……思うんです」
息を吸い、必死に整える。
涙じゃない。
言葉がちゃんと届くように。
私たちはただ、真実が知りたいだけなんだと。
「どうして、あんなことが起きたのか。ちゃんと分かれば、きっと……ご主人も、あなたも……変に言われたりしないで済むと思ってて……」
奥さんの目の縁が揺れて、胸が痛くなる。
でも私は目をそらさず、膝の上で手をぎゅっと握りしめて――
そのまま、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「私たち……彼も、あなたも守りたいんです」
「だから、力を……貸してもらえませんか」
「……お願いします」
そう言って、私はゆっくりと頭を下げる。
少し遅れて、新田さんも黙って頭を下げた。
部屋に、沈黙が落ちる。
時間にすれば、ほんの数秒だったかもしれない。
でも、長くて、苦しくて、祈るような時間だった。
そっと顔を上げると、奥さんが目元に手を当てていた。
まつ毛が小さく揺れて、震える指先が何かをこらえるように重なっている。
「……怖かったんです。あの花を見たとき……ただの病気じゃなかったんじゃないかって……癌のこともまだ受け入れられてないのに……」
「でも……死んだら終わり、じゃないですよね……ちゃんと知っておかないと……私が、ちゃんと……」
目に涙を溜めながらも、彼女はまっすぐこちらを見た。
「……わかりました。彼のためにも」
「私が知っていることは、すべてお話しします」
その声には、まだかすかに震えが残っていたけれど、
たしかな“覚悟”があったのを感じた。