第18章 「血と花の話をしましょう**」
通されたリビングは人の気配こそあるのに、どこか“時”が止まったような空気だった。
テーブルの上には読みかけの雑誌。
ソファには畳みかけの洗濯物が置かれている。
途中ふと目に入った写真立てには、寄り添うように並ぶ二人——この女性と、白い花が咲いていた男性だ。
その写真の隣に、一輪の赤い花が飾られている。
奥さんは私たちをソファへ促した。
「……お茶、淹れますね」
「いえいえ、ほんとお構いなくっす!」
新田さんが慌てて手を振る。
「いくつかお聞きしたら、すぐ帰りますんで……大丈夫っすよ」
「……そうですか」
奥さんはそう言って、私たちの正面の椅子にそっと腰を下ろした。
膝の上で重ねた指先が、かすかに震えている。
「……あの、主人の遺体は……このあと、どこへ……」
新田さんが、少しだけ声を落として答える。
「ご主人の遺体は、これから東京の病院に移されて検屍されることになってるっす」
奥さんの視線が、かすかに揺れた。
「……検屍……? 死因は……肺炎ですよね」
「何を、今さら……調べるんですか」
新田さんが、姿勢を正す。
「お気持ちは、わかるっす」
「でも……ご主人の遺体から“花”が咲いてた件は、普通じゃありえない現象っす。だから、ご主人に何があったのかを調べる必要があるんすよ」
奥さんは唇を結んだまま、うつむいた。
「あれは……確かに、不気味でしたけど……もう、いいんです。近所でも、変な噂が立ってるし。さっさと、終わらせたいんです」
「……主人を……ほっといてあげてください」
声が震えていた。
泣くまいとして、必死に堪えている声だった。
新田さんはそれ以上どう声をかけていいか分からないようで、口をつぐんだ。
(……あの花の手がかりを少しでも突き止めるには、遺体を高専に移して、硝子さんに検屍してもらう必要がある)
(先生たちも、術式の残穢を追ってくれてるけど……どこまで辿れるかは、まだわからない)
(このまま終わりにされたら、あの人は――訳もわからないまま、“不気味だった”ってだけで終わっちゃう)
(そんなの、あんまりだよ……)