第18章 「血と花の話をしましょう**」
住宅街の奥まったところに、その家はあった。
二階建ての、ごく普通の一軒家。
門柱の横の小さな表札が、朝日を受けてうっすら光っている。
家の前で立ち止まると、新田さんがスマホを確認して頷いた。
「ここっすね」
そのとき、少し離れた場所で、二人のご近所さんがひそひそと話しているのが見えた。
内容は聞こえない。
けれど、私たちに向ける視線の向こうに、言葉の棘のようなものが漂っていた。
「やっぱり……もう噂になってるようですね」
私が小さく呟くと、新田さんは眉を寄せて、声を潜めた。
「そうっすね……こういう“良くない噂話”が集まる場所は、呪いが発生しやすくなるっす」
「呪霊の芽を摘むのも……私たちの仕事っすから」
先生が病院で言っていた言葉が、ふと蘇る。
『前線に出て叩くだけが、呪術師の仕事じゃないよ』
あのときは、正直よくわからなかった。
でも、そっか。
(……これも、誰かを“呪い”から守ることなんだ)
私は背筋を伸ばし、新田さんの横顔を見つめながら、小さく息を吸った。
「行きましょう、新田さん」
ほんの少し覚悟を込めて言ったその言葉に、新田さんがぱちりと目を丸くした。
けれどすぐに、いつもの調子でニコッと笑って――
「そっすね。困ってる人は助けなきゃっす!」
そう言って、片手を上げて敬礼のポーズをした。
その仕草が新田さんらしくて、思わず口元が緩む。
私たちは無言でうなずき合い、門扉をくぐって玄関前へと歩を進めた。
新田さんがインターホンを押すと、
少しの沈黙のあと、スピーカーから掠れた女性の声が返ってきた。
『……はい』
「ご主人の件でお電話した、新田です」
『あ、はい。……今、開けますね』
鍵の外れる音。
玄関のドアが、ゆっくりと開いた。
落ち着いた色のワンピースを着た女性が出てきた。
眠れていないのだろう、瞼のあたりが少し赤い。
「すみません。散らかってますが……。上がってください」
「いえ、とんでもないっす。大変な時に申し訳ないっす」
新田さんが会釈し、私も中に続いた。