第17章 「花は蒼に濡れる**」
しばらくして、喉にかすかな渇きを覚える。
(……水、飲みたい)
動くときっと、先生を起こしてしまう。
それがなんだか惜しくて、指を抜くのにも少し時間がかかった。
そろりと抜け出すと、寝具がほんの少しだけ揺れた。
ひんやりとした空気が肌をなぞって、私は思わず身を縮める。
(……あ、昨日あのまま寝ちゃったから……何も着てない)
慌てて布団の端を引き寄せながら、胸元を隠す。
辺りを見回すと、寝室の椅子の背に先生の白いTシャツがかかっていた。
(ちょっとだけ、借りちゃお)
声には出さず、でも心の中で小さく断ってから首を通す。
ぶかぶかのシャツは肩をゆるく包み、お尻のあたりまでをすっぽり隠してくれた。
足元に落ちたふたりの制服を踏まないよう、そっと抜け出して寝室をあとにした。
マンションのキッチンは、まだ薄暗いままで。
冷蔵庫の中からペットボトルの水を一本取り出し、蓋を静かにひねる。
口をつけて、一口。
冷たい水が喉をすべり落ちていくと、ようやく少しだけ体が目を覚ました気がした。
水を持ったまま、私はリビングの窓際へと足を運ぶ。
ガラスの向こうでは、都会の空がうっすらと白み始めている。
大きな窓に映った自分の姿が、なんだかいつもより大人に見えた。
(少しは、大人になれた……のかな)
視線がゆっくりと首元に落ちたとき――
(……え?)
鎖骨の少し上に、小さく、でもはっきりとした朱。
指先でそっと触れてみると、
(これ……)
思い出すのは、強く抱き寄せられた肩。
口づけが何度も、執拗に降り注いだ首筋。
(……“いい感じ”って……)
そうだ。
途中で先生が、そんなことを囁いていた。
どこか愉しげに、でも確かな欲が滲んだ声で。