第17章 「花は蒼に濡れる**」
(……き、キスマークってやつ……?)
羞恥が頬を一気に染め上げる。
そっと、その跡をなぞるようにゆっくりと撫でてみる。
指に感じるその温度が、昨日の夜の記憶を鮮やかに呼び起こす。
(……あ、ダメ、また思い出しちゃう……)
自分で自分が信じられない。
昨日あんなに喘いで。
気持ちよくて。
何度も、先生に――
(……私、ほんとに……)
先生の“彼女”になって。
そして、ちゃんと“先生のもの”になったんだ――なんて。
そんな言い方、変なのに。
でも、そう思ったら、胸の中で小さな花が咲いたみたいで。
泣きたいくらい、嬉しくて。
もう一度、大きな窓の方へと視線を戻した。
さっきよりも、空は少し明るくなっている。
ビルの隙間を縫うように淡い光が差し込んで、街が静かに目を覚まそうとしている。
ふと、窓に映る自分の顔が目に入った。
(……え……?)
心臓がひとつ跳ねた。
映ったその瞳が“翠”に揺れていた。
光に透けるような、翡翠のかけらを溶かしたような色。
(気のせいじゃない)
右手をそっと、窓に添える。
冷たいガラス越しに、指先が自分の顔へ重なった。
「……悠蓮、なの……?」
声にならない問いがひとすじの吐息とともに、ガラスに白く溶けた。
その瞬間――
窓の外で、風がひときわ強く吹いた気がした。
そして、どこからかあの花の匂いがかすかに流れ込んでくる。
映る自分の“翠”の瞳が、ゆっくりと瞬いた。
「……愛されるほどに、おまえは喰われていく」
「また同じ過ちを……繰り返す気か」