第4章 6つのお題から自由に選択
地獄楽:画眉丸✖️怪談
山あいの村には、古くから伝わる掟がある。
「夜道で足音が三つ聞こえたら、決して振り返ってはならない」
人の歩みは二つ。
もうひとつ余計な足音が混ざったとき、それは“死なずの忍”が徘徊している証だと。
振り返った者は必ず命を落とし、ただし死に顔は皆、不思議なほど安らかな笑みを浮かべていた。
その夜、七瀬は月明かりに照らされる山道を歩いていた。
夏の虫の声が響くなか、草履の音だけが規則正しく続く。
コツ、コツ。
いつもの夜道。だが、不意に混じった。
コツ、コツ、コツ。
背後から三つ目の足音が響く。掟が脳裏をよぎる――振り返ってはならない。
なのに、背後の気配は重く、甘く絡みつくようで、心臓をぎゅっと掴んで離さない。
恐怖に震えながらも、七瀬はゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、闇を纏った忍だった。
白い肌に黒い瞳。
月明かりに照らされた横顔は、どこか人ならぬ気配を宿している。
冷ややかな眼差しなのに、なぜか七瀬には懐かしく、胸が締めつけられるほど愛しいと感じられた。
「……ワシは、死なぬ。」
低い声が心を震わせる。
恐怖で体は竦むのに、涙が頬を伝った。
画眉丸の指がそっと七瀬の頬をなぞる。
冷たく硬いはずなのに、優しい。
まるでずっと恋い焦がれていた伴侶に触れられるようで――七瀬は息を呑んだ。
「……お前は、妻か。」
囁きに胸が灼けるように熱くなり、七瀬は小さく頷いた。