第24章 Genesis3:9
「翔様、いかがなさいましたか?」
伊藤さんが前室のデスクから俺の方に歩み寄ってきた。
院長室のドアを閉めて暫く動けなかった。
「あ…の、喉が乾いて。コーヒーのおかわりと水をいただけませんか?」
少しでも院長室に誰かが入る時間を伸ばしたかった。
茶を用意するくらいの時間ならば、潤もあれを片付けることができるだろう。
「畏まりました。他には?」
「いえ、大丈夫です」
「…顔色が少しよくないようですが…?」
心配そうに…だけど、用心深く。
伊藤さんは俺の目の奥を探るように見てきた。
「いえ…あの、俺、手洗いに…」
そう言って前室を出ると、母親が遠くから来るのが見えた。
かっちりしたアップスタイルにした髪、紺色のタイトなスーツに身を包んで、ヒールの音を鳴らしながら歩いている。
昔から…俺が見ていた母親の姿と、余り変わらなかった。
半ば呆然とその姿を見ていると、母親は一度立ち止まった。
それから意を決したように歩いてくると、俺に向かって少し頷いてみせた。
「潤くんが来てると言うけど…まだ中にいるの?」
「ええ…いますが」
「ちょっと潤くんには聞かせたくない話なの。事務局長室まであなただけ来てもらえる?」
それだけ言うと、すぐに踵を返した。