第117章 有馬にて
そっと顔を近付けると、パチパチッと泡が細かく弾ける音がする。
信長と朱里は興味深そうに弾ける泡を覗き込んでいたが、勧められるまま杯を手に取る。
恐る恐る口をつけた朱里の肩が、びくりと跳ねる。
「っ……!?」
「どうした?」
「こ、これは…口の中で何か弾けるような…し、舌がピリピリと痺れます!」
思わず目を白黒させる朱里を見て、信長はくくっと低く笑った。
「大袈裟だな」
そう言いつつ自らも口に含む。次の瞬間……
「っつ…!?」
信長もまた驚いたように目を見開いたが、だがすぐに満足げな表情に変わり、コクリと喉を鳴らした。
「これは面白い。水でありながら、水ではないような感覚だ」
「思っていたより刺激が強いですけど、甘さもあって美味しいですね!」
そう言って朱里はもう一口、口にする。
弾ける泡が喉を抜けるたび、身体の内側から熱が引いていくような爽快な気分になる。
朱里は杯を手にしたまま、ほうっと小さく息を吐いた。
口の中に残る不思議な刺激と、すっと抜けていく清涼感に思わず頬が緩む。
「こんな飲み物、初めてです。身体の奥まで洗われるみたいに爽やかな後味ですね」
「異国の酒とも違うが…この口の中で弾ける感じが癖になりそうだな」
信長はそう言いながら、グイッと杯を飲み干した。
普段は海の向こうから取り寄せた異国の珍しい酒を好む信長が、怪我の療養のため訪れたこのような山深い地で新たに興味を持ったのが、この『さいだー』という飲み物であることに不思議な縁を感じる。
「有馬の湯って、ただ浸かるだけじゃなくて色々な楽しみ方があるのですね」
「湯治などすぐに飽きるかと思っていたが、存外良いものだな」
「信長様…」
湯治場の静かな空気の中で、戦の最中では決して見せることのない信長の穏やかな横顔に触れるたび、胸の奥が騒めく。
「来てよかったですね」
「これならしばらく帰らずともよいな。ここに居れば秀吉の叱言を聞かずに済む」
「まぁ、そんなこと仰って…秀吉さんが聞いたら、すぐにお迎えに来るやも知れませんよ?」
くすくす、と笑いながら朱里は周りを見回す仕草をする。
「それはいかん。行くぞ、朱里」
「ええっ…」