第117章 有馬にて
「……なるほどな」
花売りに代金を払い、再び歩き出すと、昨日通った小川の辺りへと向かう。
せせらぎが静かな音を立てて流れている。陽の光を受けて、水面がきらきらと揺れていた。小川のほとりに二人して腰を下ろす。
籠をそっと膝の上に置き、買ったばかりの花を取り出す。白い花は小さく可憐で、紫の花は風に揺れるたびに頼りなく震えている。
朱里は一輪ずつ、慎重に、けれど迷いなく籠へと差し込んでいく。あえて形を整えようとはせず、ただ花の向きと重なりだけを静かに見極める。
その様子を信長は黙って見ている。
「……何だか、見られていると緊張します」
日頃、城中でも花は生けるが、信長の目の前で生ける機会は滅多にない。
「貴様の思うとおり、好きにやってみろ」
短くそう言いながらも、信長の視線は興味津々といった風に朱里の手元に注がれている。
「生け花というのは本来決まった型があるのだろうが、ここではそういうのはいらん。思うままにやれ」
「……難しいことを仰いますね」
小さく苦笑しながらも、花を選ぶ朱里の指先に迷いはなかった。
白と紫、異なる色と高さが自然に重なり合い、やがて籠の中にひとつの景色が生まれる。
「……出来ました」
籠を少し持ち上げて見せると、信長はほんの僅かに目を細める。
「……悪くない」
「ふふ…ありがとうございます」
ぶっきらぼうな短い言葉は信長なりの称賛の言葉だ。
あまり考えることなく思い付くままに生けてしまったが、気に入ってもらえたようだ。
川のせせらぎが、二人の間を緩やかに流れていく。遠くで鳥の声が響き、風がそよぐたびに籠の花がゆらゆらと揺れた。白い花弁が微かに触れ合い、紫の小さな花が頼りなく揺れる。
(この滞在の間、信長様のためにこの籠で花を生けよう。豪華な花じゃなくて、日々の暮らしの中にひっそりと咲いているような素朴な花がいい。信長様の目を楽しませ、傷付いた身体だけではなく、疲れた心までも癒せるように…)