第110章 魔王の霍乱
逃げるように城内へ駆け込んだ朱里は、モヤモヤする気持ちのまま廊下を歩き、家康のところへと向かう。
信長達の不自然な態度に不信と不安を抱きつつも『薬が足りない』という秀吉の言葉は朱里の胸に重く響き、早く少しでも多くの薬を作らねばという使命感に駆られていたのだ。
「………ごめん、家康」
「……何、あんた、その辛気くさい顔。信長様の出迎えに行ってきたんじゃなかったの?」
明らかに沈んだ顔で戻ってきた朱里を見た家康は、薬研を引く手を止めないまま怪訝な表情で言う。
「あ、うん、まぁ、そうなんだけど…」
「何?そのはっきりしない言い方…会えなかったの?」
歯切れの悪い朱里の口振りに、家康は益々怪訝な表情になる。
信長が帰城したとの知らせに嬉しそうに顔を綻ばせ、そわそわしながら出迎えに行ったので、てっきり今日はもうそのまま信長のもとにいるのだろうと思っていた。だから、戻って来た朱里を見て家康は内心意外だったのだ。
(まさか会えなかったわけはないと思うけど…この子、どうしてこんなに落ち込んでるわけ?)
部屋へ入ってくるなり何事もなかったかのように無言で薬研を引き始めた朱里の様子をチラチラと横目で窺いながら、家康もまた訳が分からずモヤモヤしてしまっていた。
「はぁ……」
「ちょっと…妙な溜め息吐かないでくれる?はぁ…もう、何があったの、信長様と」
「べ、別に何も…というか、何で信長様とって…」
「能天気なあんたが落ち込むのなんて、あの人に関することぐらいでしょ?」
「ひ、酷い…家康、私のこと何だと思ってるわけ?」
「はいはい、そこ、手が止まってる。手伝うなら最後までちゃんとやってよね」
「はい…ごめんなさい、家康先生」
「ふふ、何言ってんだか…」
シュンっと落ち込んだ素振りを見せる朱里が可愛いような可笑しいような…何とも言えない微笑ましい気持ちになって家康は口元を緩ませた。
「ほら、素直に言いなよ。仕方ないから聞いてあげる」